遂にビッグ・ゲーム用のボートが買えた!

 その夜のメリット家の夕食はいつになく静かだった。バートは家族揃って自分のボートのことを配慮してくれているのだと思うと心苦しかった。そのとき突然、
 「そうだ! あのボートがいい」
 リチャードの大きな声に全員が注目した。続いてリチャードはバートに向かって、
 「いいボートがあることを忘れていましたよ。42フィートのボートですが、昨年オーナーが死んだのです。いまは息子さんのものになっていますが、彼はあまりボートに興味がないようでいつも放ったままです。あのボートなら売ってくれると思います。建造して10年になりますが、エンジンさえ取り替えれば立派なものです……」
 翌朝さっそくリチャードが案内してくれた。バートはボートの外回りから内部の隅々にいたるまで、眼を輝かせて見て回り、
 「リチャード! いいボートだ。少し改造して手を加えればいいボートになる。OK! やっと気に入ったボートに出会いました。さっそく持ち主と交渉してみてくれませんか?」
バートはにっこり笑って大きくうなずいた。
 ビッグゲーム・フィッシング用のボートは豪華な居住性より、優れた機能性だ。フィッシングに不必要な設備は思い切って取り除き、エンジンを取り替えれば素晴らしいボートになるだろうとバートは確信した。
 リチャードの交渉で売買契約はスムースに終わった。
 バートは一息する間もなくハワイに電話で報告すると翌日、実業家は秘書を連れて飛んできた。
 さっそく売買契約書を見せ、ボートに案内し、改造プランを説明すると、
 「おめでとう!バート」
実業家は満足そうに握手してくれた。バートは初めて爽快な安堵感を覚えた。

実業家の本心をテスト?

 その夜、実業家に夕食を誘われたバートは、リチャードの友人ジョーを同行することにした。
 ジョーは日本の本田技研工業で、技術者兼レーサーとして7年ほど働いた経験があるので、多少日本語が話せることと日本人の習性をよく知っていたからだ。そこでバートはジョーに実業家との一部始終を話し、
 「実業家は確かに25万ドル払ってくれたが、本当にあのボートを私に買ってくれるのか、私はまだ不安なんだよ。今夜一緒に食事をしながら実業家の話を聞いて、君が感じたことを教えてくれないか」
と、予め自分の魂胆をジョーに頼んでおいた。
 さすが高級レストラン「DIABOLO」の雰囲気のよさ、料理のおいしさも相まって実業家は終始上機嫌、バートの気に入ったボートが買えたことを何度も祝福してくれた。
 食事が終わって2人はレストランを出ると、さっそくバートはジョーに聞いた。
 「どうだった? 君の率直な感想は?」
 ジョーは大きくうなずきながら、
 「安心したまえ。あれはまぎれもなく本気だよ。それにしても驚いた話だね。ああいう人は大事なスポンサーとして永く付き合うべきだよ。うまくやれよ、バート!」
 ジョーはバートの肩を強く叩いた。
 その後バートはボートの改造に立会うために、約3カ月フロリダに滞在した。主を失い砂塵にさらされていた中古艇は、やがて精悍、かつ端麗、見事なマーリントーナメント用のボートとして生まれ変わった。

日本人実業家の肝っ玉に仰天したコナの人たち

 コナの町といっても観光客向けの造作を除いてしまえば、村と呼ぶにふさわしい。ボートを買って帰ったバートの噂は、たちまち燎原の火のように村中に広がった。時間もまどろむようなのんびりしたコナの人たちが、仰天したのは当然のことだろう。
 なかでも一躍注目の的になったのは、ついに釣りに魅せられコナに永住しはじめた日本人実業家だ。憶測は憶測を生み一時、FBI(連邦捜査局)までがその正体を内偵したという。
 バートは愛艇に「BLACK BART」と命名し、いよいよオーナーキャプテンとしてスタートすることになった。
 思いがけずに手に入ったマイボート、凡人ならばたなボタに甘んじて怠惰におちいるところだが、バートには“鬼に金棒”、連日コナの海に挑戦した。
 なかでも実業家の釣りに対する熱意と意気込みは凄まじいほどであった。彼はボートの操船から釣りのテクニックなど、バートのすべてのノウハウをたった数カ月で修得してしまった。
 すると実業家は「BLACK BART」と同じメリット社の37フィートのボートをもう1隻購入し、日本人初のオーナーボートのキャプテンとしてハワイの海をわがものにした。

『BLACK BART』は日本のアングラーの間でも一種、羨望の念で話題となるチャーターボートだった。写真左は岩城夫人。

“天才”とは努力と忍耐のたまものである

 その頃バートは、仲間たちの態度が急に変わってきたことに気がついた。
 いつものように親しく話しかけてくることも少なくなり、毎日港に帰ると冷たいまなざしだけが針のように背中を刺した。
 ある日バートが実業家にそのことを話すと
 「そうだろう。それは君に対する羨ましさからくる嫉妬だよ。彼らに君ほどの腕があるというのかね!? それは君が世界一のキャプテンになるための試練だよ。君は釣りのことだけを考えていればいいのだ」
バートが予想した通りの言葉が帰ってきた。
 それからバートは孤独との闘い、そして中傷や悪口にまで耐えねばならない日々が続いた。
 よく海の男は気が荒く、釣り好きは短気だといわれるが、コナのボートハーバーのレストランのバーにも“No Fighting(喧嘩をするな)”と掲示してあることから、いずこの国も気質は同じらしい。
 ひときわ屈強なバートも、仲間の、卑屈な仕打ちに幾度か激怒押え難いこともあった。しかし彼は耐えに耐えた。それはまさに実業家が言った“試練”であった。
 ところがバートは、これらの“試練”を見事に仕事のための刺激剤とし、肥料としたようだ!?
 “天才とは努力と忍耐のたまものである”ということを、やがてバートは鮮やかに立証してみせたからである。

全く無駄の無い『ブラック・バート』のコックピット。

リールはあの伝説的ビッグゲームの名品、ハーディーのゼーン・グレー・リールを、1979年から82年にかけて最新素材を使い改良復元されたもの。

「BLACK BART」の実力が炸裂した!

 それは1974年と、その翌年のことだ。「BLACK BART」は実業家チームを乗せて「HIATT」に初出場した。「HIATT」とは「Hawaiian Invitational Allison Tuna Tournament」の略で毎年夏、オアフ島西岸のワイアナエで5日間にわたって熱戦を繰り広げるキハダ釣り大会。入賞順位は釣った魚の重量にラインの太さのハンディを掛けたポイント制で、キハダを優先するがカジキももちろん対象魚だ。
 この年24チームが競った結果、「BLACK BART」の実業家チームは、最終日、最後の2時間で1位との差400ポイントを挽回し、劇的な逆転優勝を遂げた。
 続いて翌1975年の「HIATT」では5,000ポイントを獲得して、2位の2,600ポイントを大きく引き離して堂々優勝した。
 ちなみに5,000ポイントという記録は、いまなお打ち破られていない。


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