| 上顎の短いクロカジキ 中村泉・須賀安紀 (スタンフォード大学ホプキンス臨海実験所マグロ研究保全センター・八点鐘) |
| 2002年9月15日(『福島ビルフィッシュトーナメントinいわき』の大会期間中)に福島県小名浜沖で、体重約130kg、全長約3m(いずれも推定)のクロカジキ Indo-Pacific blue marlin Makaira mazara が有澤公子さん(カボ・フィッシング・クラブ)によりキャッチされた後、標識放流(tag and release)された。なお使用ラインは80lb、船名はプラネット・ワン、スキッパーは有澤洋士郎氏、リーダーマンは亀井武氏、タグ・マンは中川昌司氏であった。 このクロカジキの上顎(upper jawまたはbill)は通常のものと比較して、極端に短かったので(図1および2参照)、ここに報告する。 これまで、カジキの二叉した上顎、物理的に破損した後に再生したために不自然に短くなり異常な形態を呈するようになった上顎などはかなり知られている。しかし、今回の例はそれらの例には該当しないと考えられる。すなわち形態的には通常のものと全く同様で、ただ上顎が極端に短いことが認められた。撮影された写真をよく観察すると、上顎の方が下顎よりむしろ少しだけ短いことが分かる(図1-2)。形態的には正常で、ただ長さだけが短い上顎がなぜ出現したかをいろいろ推定してみたが、正確なことは分からなかった。しかし、若干の考察を加えてみることにする。すなわち、上顎の成長の遺伝プログラム上になんらかの異常があり、ただ長さだけが短くなった可能性が考えられる。あるいは、上顎の骨の成長段階で、成長ホルモンの不足または骨組織の成長過程に遅滞があったために、短くなったとも考えられる。または、上顎に対する物理的影響が発育の初期にあったが、再生的成長でなく成長遅滞を呈しただけで、ただ単に成長だけが遅れた等とも考えられる。 |
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| ●種の同定 この短い上顎を持ったカジキをクロカジキと同定した根拠を以下に述べておく。日本近海には、上述のクロカジキの他に以下の5種のカジキが知られている。 シロカジキ Black marlin Makaira indica マカジキ Striped marlin Tetrapturus audax フウライカジキ Shortbill spearfish Tetrapturus angustirostris バショウカジキ Indo-Pacific sailfish Istiophorus platypterus メカジキ Swordfish Xiphias gladius 以下、図1と2を参照しながら同定作業を進めて行くことにする。このカジキがメカジキでないのは、腹鰭がある(図1)ことから明らかである。その理由はメカジキ科のメカジキは腹鰭を欠き、マカジキ科のカジキは全て腹鰭を持っているからである。 次に、このカジキがフウライカジキでないことも、このカジキの第1背鰭の前端が体高よりかなり低く、それに続く部分がさらに急に低くなっている(図2)ことで、フウライカジキの第1背鰭が体高とほぼ同高でそれに続く部分がわずかに低くなるのみで、急に低くならないことに反する故に、明白である。 また、このカジキは、第1背鰭が体高よりかなり低い(図2)ことで、著しく体高より高くて大きい第1背鰭を持つバショウカジキではないことは明確である。 さらに、このカジキがマカジキであることは、このカジキの第1背鰭前端が体高よりかなり低い(図2)ことが、マカジキのそれが体高とほぼ同高であることと反するので、あり得ない。 残るは、外見上互いに非常によく似ているクロカジキとシロカジキのみであるから、より注意深く両者を比較しながら同定作業を進めて行く。このカジキの背側の体色をよく観察すると(図1・2)、暗青色と黒褐色のまじりになっている。これはクロカジキの体色の特色だと思われる。すなわち生きている時の青色系から死にかけている時の黒褐色系の色の現出とみなすことができる。ちなみに、シロカジキでは、それが青黒色と灰白色のまじりであることが多い。また、このカジキの横縞紋様を見ると(図2)、わずかに出現している。これはクロカジキの特色であり、シロカジキにはこの縞はめったに現われない。さらに、このカジキの胸鰭の後縁はゆるやかに湾曲している(図1・2)。シロカジキではその湾曲はもっと著しいのに対して、クロカジキではその湾曲はゆるやかである。以上の論点を考慮に入れて、このカジキはクロカジキであると同定した。 ●論議 カジキの上顎が長く伸長しているのは、第1にそれを使用してイワシ類、アジ類、サバ類、イカ類、時にはカツオなどをなぎ倒し、傷ついて弱ったり死んだりしたものを食べるためだと考えられる。また、吻端および下顎先端部が尖っていることは、カジキのように高速持続的遊泳をするものにとって、流体力学上の利点があると推定される。 今回釣獲され放流されたこの短い上顎を持つクロカジキはおそらく、数尾から数十尾の同種個体の群の一構成個体だと考えられるが、摂食と遊泳性維持で、仲間からある程度の遅れをとりながらも、かろうじてその群にとどまることができたので、生き伸びて来られたと推測される。そのように考えるのは、次のことも根拠にしている。すなわち、筆者の一人(中村)は今から20数年前に、京都府漁連西舞鶴魚市場の水揚場に一網の定置網で漁獲されたおおよそ体長60〜70cmの約60尾のクロマグロの一群の中に沈頭(pughead)の一個体を見つけた。その体長組成を求めたところ、その沈頭個体は最小のところに位置していた。 最後に、今回のこの放流されたカジキをクロカジキと同定できたのは、違った角度から撮影された良質の2枚の写真(図1および図2/撮影:亀井武)があったからであることを強調しておきたい。カジキやマグロを標識放流する際には、このように2枚以上、できれば7〜8枚の写真を撮影することを強く推めておく。 |
| Blue marlin with a short upper jaw Izumi Nakamura and Yasunori Suga (Tuna Research & Conservation Center, Hopkins Marine Station of Stanford University, Hatten-Shiyoh Co., Ltd.) A blue marlin with an unusually short upper jaw was captured and released by Cabo Fishing Club off Onahama, Fukushima Prefecture, on September 15, 2002. The fish is identified as Indo-Pacific blue marlin Makaira mazara based on 2 photos(Figs. 1 & 2/photo by Takeshi Kamei). The aspects on behaviour and ecology of the blue marlin are estimated and briefly discussed. |