アーカイバルポップアップタグの可能性について

余川浩太郎
遠洋水産研究所・近海かつおまぐろ資源部 主任研究官(カジキ類担当)

アーカイバルポップアップタグは近年開発された外洋性大型浮魚類の調査ツールの中で、最も研究にインパクトを与えたものの一つであり、また、将来に大きな可能性を示している機器でもある。ここでは、アーカイバルポップアップタグの現状についてレビューし、その可能性について検討した。

1.アーカイバルポップアップタグの仕組みについて
アーカイバルポップアップタグは、アーカイバルタグとポップアップタグという2つの新型標識の機能を合体させたものである。

1)アーカイバルタグ
 アーカイバルタグとは、温度、圧力、照度等海洋観測の基礎的データを収集するためのセンサーと、各種センサーが取得したデータの簡単な加工を行うためのチップ、データを保存するメモリ、そして、これらを駆動するためのバッテリーを防水性気密容器に収納した標識のことである。現在使用されているアーカイバルタグは、体温と環境温度を測定する2つの温度センサー、水深を測定するための圧力センサー、日出没時刻を測定することで位置を大まかに推定するための照度センサーを内蔵している。アーカイバルタグは、捕獲した魚に簡単な外科手術を施して筋肉あるは腹腔内に埋め込んだり、先端に矢尻がついたカプセルに収納して銛で筋肉部に打ち込む事で装着する。一旦魚に装着されたタグは、高い頻度(数分に1回)で各種のデータを収集していくが、これらの情報は標識魚が再捕されないと入手できない。
 初期に開発されたアーカイバルタグは、各種センサーの精度も悪く、メモリの容量が少ないので高い頻度で収集されたデータも合計で1ヶ月強分しかメモリに記憶することが出来ず、バッテリーの寿命も5〜7年しか無かった。また、サイズも大型で重かったので大きな魚にしか装着できなかった。現在使用されているタグは、小型化し体長30cm程度の小型魚から装着可能で、数分に1回測定される各種データをそのままの形で10年以上記録し続ける事が出来るまでになっている。

2)ポップアップタグ
 ポップアップタグ(シングルポップアップタグ)は現在生産中止となっているが、これは自動浮上して浮上した位置のデータを衛星経由で通信するタグである。アーカイバルタグと比べると比重を軽くする為にサイズが大きくなっているので外部装着することが前提とされており、通常タグの先端にテグス等で矢尻を取り付け、銛を使って捕獲した魚に装着する。装着されたタグは、あらかじめ設定された期間/期日に達するとテグスを切り離すことで自動浮上し、海面に達すると共に発信器が作動して衛星に信号を送ることで、浮上した場所を衛星経由で知らせてくる。また温度センサーだけは内蔵しているので、装着中1時間1回環境温度を測定し、これらのデータも衛星経由で送ってくるが、メモリの容量が小さいのでその精度は1/6度とかなり粗くなっている。

3)アーカイバルポップアップタグ
 アーカイバルポップアップタグは、基本的にシングルポップアップタグに日出没時刻を推定するための照度センサーと、水深を推定する圧力センサーが付いて、データ加工用のチップ、大容量のメモリとバッテリーを装備したものである。形状やサイズはシングルポップアップタグと同様であり、外部装着が前提となっているので体温測定用の温度センサーは装備していない。
 タグ自体の持つ各種センサーの性能は1)のアーカイバルタグと変わらないが、データの送信に使用しているアルゴス衛星の回線が細いため、折角高い精度で収集したデータの精度を“粗く”して送信している。この送信されてくるデータの“粗さ”が、このタグの有用性の制限要因となっている。
 現在アーカイバルポップアップタグを販売している会社はワイルドライフコンピュータ社とマイクロウェブ・テレメトリー社の2つが有る。後者は、環境水温と水深のデータは1時間に1回だけ記録する事でデータ量を軽減しており(最近5分に1回記録するタイプが販売されたが寿命は1〜2週間とかなり短い)、前者は数分に1回記録した水温・水深データを観測者が任意に設定する12階級のヒストグラムに直して送信する。ヒストグラムを作成する頻度は2時間〜24時間に1回の間で任意に設定できるが、短い頻度に設定するとデータの回収率が低下する。
 アーカイバルポップアップタグの価格はアーカイバルタグの3.5倍と高く、入手できるデータの精度は低く、サイズが大きいために大型個体にしか装着できない、という欠点が有るが、タグ装着魚が再捕されなくてもデータが入手出来るという利点は、用途さえ選べばこれらの欠点を充分補う価値を持つ。アーカイバルポップアップタグは、カジキ類のように標識の回収率が低い魚(通常カジキ類の標識再捕率は数%未満である)に使用したり、マグロ類のように標識の回収率が高い魚であっても、頻繁に調査を行えない遠隔地で使用したり、短期間に確実にデータを入手したい場合には非常に有用である。

WC社(上)とMT社(下)のアーカイバルポップアップタグと装着システム。

2.アーカイバルポップアップ タグの用途について

 アーカイバルポップアップタグの主な用途を知るには、通常標識がどのような調査・研究に用いられるのかをレビューすることで、より理解が深まると思われる。
 通常標識による標識放流調査は、外洋性大型浮魚類の調査において最も歴史の古い項目の一つといえよう。我が国では各県の水産試験場の調査船や水産高校の練習船が、積極的に通常標識を行ってきた長い歴史が有るので、カツオ・マグロの調査と言えば標識放流がすぐに思い浮かばれる程なじみ深い調査となっているが、海外では、標識魚を確保するための調査船を仕立てたり漁船をチャーターしなければならないので、大変高価な調査と見なされている。
 1項で述べたように幾多の新型タグが開発されている現在でも、通常標識放流調査は、回遊経路の推定、資源構造の把握、自然死亡率・漁獲死亡率の推定、成長の推定などに貴重な情報を提供している。この主な原因は、通常標識放流調査が(高価であるにもかかわらず)、通常はある程度の期間に渡ってかなり多くの個体に標識を放流するので、データ数が多く、それらのデータのカバー率が時間的・地理的にかなり高いことに因る。
 一方、通常標識放流調査結果の解析で問題となる事は、
@放流時と再捕時の場所と時間に関する情報しか得られず、放流から再捕までの期間どの様な動きを行っていたか判らない。産卵場で標識放流した個体が翌年の同時期に放流地点付近で再捕されても、それは標識個体が産卵場回帰したことを示しているだけで、標識魚が放流点から動かなかった訳では無いのである。
A放流場所と時間は自由に選択できるが、再捕は漁船が操業している水域と時期に限られる。幾つもの標識放流地点と再捕地点を地図上で直線で結んだ図を描くと、あたかも魚群が一定の方向に回遊しているように見えるが、実はそれは漁船の操業経路を反映していたに過ぎなかった、という例は良くある事であり、結果の解釈には慎重を期す。
B報告率の推定が非常に困難である。標識魚放流調査では、標識魚の再捕は全面的に漁船に依存しているので、調査を行う時にはポスターや文書等で広く漁業者に協力を呼びかけるが、それでも再捕された標識のかなり多くの部分が調査者に報告されず、また、報告率を高い精度で推定することも非常に難しい。はえ縄や竿釣り漁業のように魚を1匹ずつ漁獲していく漁業では、漁業者が装着されている標識を発見する事も難しくないが、巻き網や流し網漁業のように魚をまとめて漁獲する漁業では、標識を発見すること自体が難しい。また、発見した標識を報告する事に関しても漁業者の意識に依存しており、海外では、オブザーバーが乗り込んだ漁船の船長に、再捕した標識で作ったアクセサリーを自慢げに見せられた例などが報告されている。
 こういう事からも、再捕の必要がないアーカイバルポップアップタグは、様々な情報収集が高い確率で得られるだけでなく、標識再捕率の低い魚種や、漁業の行われていない海域における回遊情報の収集に大きな成果が期待できるものである。


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