新連載

ビッグゲームを取り巻く環境と制度について
第8回

牧野光琢


米国の資源管理・環境保全(その3)公共信託法理の実際
連載の第五回では、アメリカの漁業制度を日本と比較し、アメリカの環境保全・資源管理の基本的理念である、公共信託法理という考え方について説明しました。今回は公共信託法理の内容や、その強さを具体的にイメージするため、実際のアメリカでの判例を紹介したいと思います。

判例1:モノ湖事件(National Audubon Society v. Superior Court of Alpine County, 33 Cal. 3d 419, 658 P.2d 709, 189 Cal Rprt.346(1983), cert. Denied, 464 U.S. 977(1983))。
まず、公共信託法理の代表的な判例の1つである、モノ湖事件をご紹介します。モノ湖はシエラネバダ山脈の東に位置する、カリフォルニア州で第二の大きさを誇る湖です。カリフォルニアの大都市であるロサンゼルス市は人口増加に伴う水需要に対応するため、この湖に注ぐ川から水を引き、市の上水として利用することを計画しました。そこで、ロサンゼルス市のDepartment of Water and Power (DWP)は、モノ湖に注ぐ5つの川のうち、4つの川の沿岸権を取得しました。沿岸権(riparian rights)については連載の第5回でご紹介しましたが、流水の利用やそこに存する資源の採捕などの権利を一括して付与する権利のことです(アメリカの漁業権の多くはこの沿岸権に含まれています)。こうして川の水を利用する権利を正当に取得したロサンゼルス市DWPは、1940年代から取水を開始し、ロサンゼルス市民の民利に供したのです。
しかし、ロサンゼルス市が川から大量の水を取水したことが原因となり、その川が注ぐモノ湖の水量も極端に減ってしまいました。その結果、1979年までにモノ湖の湖面面積は85平方マイルから60.3平方マイルへ減少、水位は43フィート低下、このままでは湖は最終的に干上がってしまう恐れが生じたのです。このような取水行為を中止させるため、ナショナル・オーデュボン協会、シエラクラブなどの環境NGOは、ロサンゼルス市DWPを相手取って訴訟を起しました。そこで原告である環境NGOは、モノ湖の湖岸、湖底、および湖水は、公共信託によって保全されるべきであり、その健全な環境を破壊するロサンゼルス市DWPの行為は違法であるという理論を展開しました。結局、1983年のカリフォルニア州最高裁判決は、公共信託法理がモノ湖およびそこに注ぐ川に適用されることを認め、1940年以降DWPが行ってきた取水は自然環境保全に十分な考慮を払っていなかったとして、環境NGO(原告)の勝訴と取水計画の全面的な見直しを言い渡したのです。

判例2:テリコ・ダム事件(TVA v Hill, 437 U.S. 153, 98 S. Ct. 2279(1978))
次に、希少な水生生物の保護に関連する判例として、テリコ・ダム事件をご紹介します。テリコ・ダムは、テネシー川流域開発公社(the Tennessee Valley Authority: TVA)が建設していた、テネシー渓谷でも大型のダムです。このダムの建設の過程で、建設地のすぐ下流域を調査していた生物学者が、スネイル・ダーターという絶滅の危機に瀕する希少種の生息を確認しました。このような絶滅危惧種を保全するのは、公共信託法理により政府の義務です。しかも、絶滅危惧種に関しては特にEndangered Species Act (絶滅危惧種法)という法律も設けられており、その保全が義務付けられていたのです。よってこの法律の第7条にもとづいた、ダム建設の中止を求める訴訟が起されました。
このスネイル・ダーターが発見された時点で、公社は既に7800万ドルを投資しており、ダム建設は80%が完成していました。しかし判決は原告勝訴となり、ダム建設は中断されたのです。(しかしその後議会での特別立法等の動きにより、このダムは完成されました)


まとめ
以上ご紹介しましたように、アメリカでは基本的に自然環境を保全するのは政府の義務であり、一般市民はその自然環境がもたらす恵みを自由に享受する権利を有している、という原則があります。この考え方が、海の資源の利用にも適用されるのです。資源利用者が自分達の使う資源を自ら管理する、日本の制度とは根本的に違うのです。
しかし、アメリカの環境保全にはもう1つ、日本には無い非常に重要な制度があります。それは市民の代表としての環境NGOなどが、政府を相手取って法定で責任を追及するために不可欠な、集団訴訟(Class Action)制度です。次回はこの集団訴訟制度についてご紹介したいと思います。

筆者プロフィール
牧野 光琢(まきの みつたく)
1973年佐賀県唐津市生まれ。愛知県立旭丘高校卒業後、京都大学農学部水産学科入学。ケンブリッジ大学修士を経て、京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は環境政策論。主に海と人との関係について、制度学・経済学的手法と自然科学的知見の結合を目指す。尺八奏者としての号は「琢水」。
HP:http://risk.kan.ynu.ac.jp/makino


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