新連載

ビッグゲームを取り巻く環境と制度について
第11回

牧野光琢


遊魚と漁業
はじめに

これまでこのコーナーでは10回にわたり、日本やアメリカの漁業制度・資源管理制度の歴史(制度史)や理念の違いをご紹介してきました。こうした制度的・理念的な背景をふまえて、これからはいよいよ、日本において遊漁と漁業がどのように共存・共栄していくことができるかについて、考えてみたいと思います。
まずその第一歩として、今回から数回にわたり、遊漁の現状把握と問題点について整理してみたいと思います。そしてその後、漁業権と遊漁の関係について、主に法学的な視点から、さまざまな意見を紹介します。


遊魚をめぐる日本の概況
近年、余暇時間の増加や身近な自然への意識の向上等に伴って、遊漁者の数は増加しています。海釣りだけでも、年間でのべ3,000万人超の釣り人(遊漁者)が海の恵みを楽しんでいるといわれます。このような状況の下、漁村の中には遊漁と漁業との調整を図りつつ、遊漁やそれに関連する産業を観光資源として活用することによって、地域の活性化に成果をあげているところもあります。こうした取り組みは地域に新たな就労機会や収入機会を創出していますが、その一方で、遊漁が資源に及ぼす影響が無視できないことも指摘されるようになってきました。
たとえば漁業・遊漁共に人気のあるマダイのような魚種では、人によって採られる量が自然の生産量を上回ることがあります。その場合、これまでの連載でご紹介しましたように、地元の漁業者は漁獲の規制や種苗の放流などを行い、乱獲防止に努めることになります。しかし、不特定多数の遊漁者の中には、時として地元の漁業者による規制やルールを知らずに釣りをしてしまう人もいます。その場合、地元の漁業者達の努力は台無しになってしまいます。そして最悪の場合、地元漁業者らによる乱獲防止の取り組み自体が崩壊してしまったり、あるいは遊漁者の全員を敵視することになりかねないのです。
特に遊漁のさかんな海域ではこの問題は非常に重要です。たとえば東京湾などでは遊漁者によるマダイの採捕量の方が、漁業者による採捕量よりも大きいことがわかっています。よってこれからは、遊漁対象魚の資源管理には遊漁者を含めた対策がどうしても必要となってきます。ここで一番の問題となるのが、遊漁者が不特定多数であることです。
北海道大学の宮澤晴彦氏は、日本の遊漁に関する制度を海外と比較し、次のような特徴を指摘します。
1) 遊漁が実質的に資源管理制度の対象外となっている
2) 遊漁と漁業の調整では自主的なルール作りが推奨されている
3) その内容は漁場利用調整に留まっている
4) 遊漁による採捕量の規制は行われない
5) 取り締まりも地域的な自主規制にゆだねられる。

こうした日本の制度の特徴は、遊魚を資源管理に取り組み、公的機関がその管理を行うアメリカやカナダ、オーストラリアなどの制度とは著しく異なるといえましょう(これらの国々における遊漁制度についても、またご紹介いたします)。またこれらの国では、その管理に要する費用を遊漁者らがライセンス料によって負担しているという違いもあります。



神奈川県の場合
神奈川県は船釣りのメッカです。県内の漁業就業者数が約3000人であるのに対して、年間187万人が海釣りを楽しみ、そのうち121万人が船釣りを楽しんでいると推定されています(1998漁業センサス)。遊漁者は毎年約5000トンを採捕すると推定され、その量は沿岸漁業の漁獲量の約2割にもなっています。漁業協同組合や遊漁兼業漁業者にとっての経営上の比重は非常に大きく、2000年の推定では漁獲高(約96億円)以上の収入を遊魚から得ているとされます。つまり、組合の経営にとっていまや遊魚は必用欠くべからざる存在となっているのです。さらに、神奈川県ではプレジャーボートが1万隻以上登録されており、海面利用上の競合も生じています。
なお、遊漁者が使用することのできる漁具・漁法は、神奈川県の海面漁業調整規則(第45条)で規定されており、たも網・さで網およびざる、投網、やすおよび磯がね(ただし水中眼鏡は使用しない)、くまで、さお釣りおよび手釣り(トローリングは禁止)、徒手採捕、などに限られています。
神奈川県での遊漁・漁業間の問題としては、水産資源をめぐる競合、漁業操業の妨害・制約、撒餌による魚群の散乱・環境悪化、ゴミの投棄による環境悪化、漁港施設等への無秩序な駐車などが指摘されています。そしてその対応策として、1970年から地域遊漁協議会と県遊漁協議会が設立され、「遊魚に関する申し合わせ事項」を取り決めています。また、遊魚船業の適正化に関する法律(遊漁船業法)にもとづいて遊魚船業を登録制とし、業務規定や担当者の設置を義務としました。ほかにも、相模湾遊漁問題対話推進協議会(相模地区の遊魚船業者による組織)の設立など、自主協定レベルでさまざまな取り組みを行っています。



まとめ
この神奈川県のような例は、実は全国的に見れば非常に上手くいっている、いわば例外です。他の地域では、漁業者と遊漁者の間で話し合ったりルールを作るための適当な場がなかったり、あるいは問題が非常に深刻化して自主的取り組みでは対処できなくなり、暴力事件や、裁判にまで発展している例もあります。
次回は、こうした遊漁と漁業の間で生じている問題をもう少し詳しく見ていきたいと思います


筆者プロフィール
牧野 光琢(まきの みつたく)
1973年佐賀県唐津市生まれ。愛知県立旭丘高校卒業後、京都大学農学部水産学科入学。ケンブリッジ大学修士を経て、京都大学大学院人間・環境学研究科にて博士号取得。専門は環境政策論。主に海と人との関係について、制度学・経済学的手法と自然科学的知見の結合を目指す。尺八奏者としての号は「琢水」。
HP:http://risk.kan.ynu.ac.jp/makino


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