タヒチ 輝ける島、
輝ける記憶
―サウス・シーズの
光と影―

ロッド&リールで初めての
グランダーが釣れた海

―the only records that can never be broken―are“first”

Photo & Text:Yasunori Suga

文・須賀安紀


南の島、タヒチが黄金色の光に包まれる夕刻。映画『南大平洋』で神秘的な魅惑の島『バリハイ』として描かれたモーレア島が、ブロンズ色のシルエットとなって港の沖合に浮かび上がる。
この島を訪れた者は、原色に輝く感性の叫びを心に刻んで島を後にする。
「昔、この島にやって来たのは、この釣りのためなのだ…」
そんな想いを胸に、再びこの島を訪ねたいと思う。洋上の、大魚とのファイトが決して心から色褪せないように、島の記憶はいつも心に新しい。


ゼーン・グレイの1040ポンドのパシフィック・ブルー。ロッド&リールで釣られた最初のグランダー
赤銅色の海、洋上の記憶。
大魚の泳ぐ海を感じるひととき

 ビッグゲーム・フィッシングを語る上で、忘れてはならない地名が、この世界には幾つかある。同時に、忘れてはならない人の名も幾つかある。
 それは、その時代の豊饒の海を巡ることであり、同時に、ビッグゲームに取り憑かれた人々の情熱の軌跡を巡る旅でもある。
 私は、語るに足らぬ小さな出版社を経営し、ビッグゲームに対する恋焦がれから、語るに足る借金を背負ってしまったが、これまでの自身のつたない歩みを思うとき、常に心には妙な清々しさがあることだけが心の支えである。
 仕事と人生には、蒔いた種をうまく収穫できないこともままあるものだ。
 確かに、もしもあなたがビッグゲームの真髄に触れたいと願うならば、それなりの小さな覚悟は持つべきである、と私は考える。手軽に誰もが、いつでもどこでも愉しめるものには、相応の感動しか見い出せないものである。

 それは、多くの反論を予想しつつ語ることだが、リスクの無い世界には真のダンディズムが存在しないことに似ている。だから私は、ビッグゲームに惹かれるのである。
 アングラ−の10倍以上もの重量に達する大魚(ゲーム)が存在し、時には24時間にも及ぶファイトが記録される。
 リーダーを掴んだその時に、ソフトボール大の眼球で一瞥をくれた後、悠然と紺碧の海へ消えていった大魚への想いはやはり、いつまでも心に新しい。
 ビッグゲームを語る上で、敢えて三人の名前を挙げるとすれば、私は躊躇なく次の名前を挙げる。
 チャールズ・フレデリック・ホルダー、S・キップ・ファリントン・ジュニア、そして、ゼーン・グレイである。
 ホルダーの名前は、カリフォルニア南西部沖のサンタ・カタリナ島に集約される。『カタリナ・ツナ・クラブ』こそが今日のビッグゲーム・スポーツフィッシングの祖であり、ホルダーはその創設者でもある。

 ファリントンとグレイは、共に著名なビッグゲーム・アングラ−としても知られるが、ファリントンはビッグゲーム・トローリング・ボートにおけるさまざまなアイデアとフィッシング・メソッドの開発においてこの世界のパイオニアであり、グレイはミリオン・セラーの小説家としての財力を存分に生かした、男の夢の実現者であった。

 グレイがタヒチ沖で記録した巨大魚こそ、男たちの夢と幻の始まりでもある…。
 その夢に惹かれ、洋上での風を心地良く感じながらタヒチに住まう幸せな男がいる…。何番目かの妻である島の娘と暮らすエピキュリアン、アルバン・エラコットがその人である。
 タヒチで由緒あるフィッシング・クラブ『ハウラ・クラブ』の会長にしてタヒチアン・インターナショナル・ビルフィッシュ・トーナメントの立役者、エラコットの人生を、私は少しばかり羨ましく思う。

1979年3月5日。アルバン・エラコットによって仕留められた1243ポンドのパシフィック・ブルー

傲慢なほどの青の世界
かぐわしき香りを貿易風が運ぶ

 ハーマン・メルヴィルの小説『オムー』には、A narrative Adventures in South Seas(南海冒険譚)という副題が付いている。
 タヒチは『サウス・シーズ』の楽園伝説を語る上でのかぐわしき魅力に満ちているが故に、この島を訪れた画家の失意と焦燥もまた際立って見える。
 サウス・シーズの島々に『野生』を夢想したゴーギャンは、名声と富を得る手段として南の島のインスピレーションを求めた。しかし、時代のさまざまな思惑のズレが彼自身を南の島に幽閉してしまうことになる。貧窮、病気、失意と絶望の中で、輝ける南の海に背を向けて、彼は呻き続けた。晩年、タヒチからマルケサス諸島のヒヴァ・オア島に移り住んだゴーギャンは、精も根も尽き果てた末、彼の島で死を迎えた。1903年、5月8日の朝。

 ゴーギャンの死の15年前、95フィートの優雅なスクーナーでパペーテに入港したロバート・ルイス・スティヴンスンの《サウス・シーズ紀行》は、その恵まれた状況において、ゼーン・グレイのそれと大いに共通するものがある。『キャスコ号』でサンフランシスコを出帆した彼の船旅は、1891年、サモアに居を構えるまで、ホノルルとオーストラリア間の大平洋諸島を巡る5000マイルにも及ぶものとなった。この旅は遥か後年のグレイの釣行と不思議と航跡が重なる。

 タヒチの港町パペーテは、サマセット・モームの短編小説にしばし登場する。スティヴンスンやグレイとは性格を大きく異にする彼の鋭い観察眼は、生き生きとした原色の光溢れる当時の港を克明に綴っている。
 『作家の手帳』でモームは、当時、パペーテにあった『ホテル・チァール』のことについて書いている。チァールとはタヒチ島民の花である。小さい星形の白い花で、緑の葉の茂った潅木に咲く。そして特別に甘い、官能的なにおいがする。髪と、耳のうしろにつける輪に作られ、それが島の女たちの黒い髪にかざしてあると、まばゆく陽に輝く…。

 私は、このチァールの似合う島の女のことを、実は今でも夢に見ることがある。糠味噌くさい女房には内緒で、こっそりと見る夢は、タヒチの、パペーテの夜の、かぐわしき香りを今も甦らせてくれる。
 『タヒチ・ビーチコマー・パークロイヤル』は、モーレア島を正面に眺める絶好のロケーションにある。水上バンガローからルームサービスをオーダーすれば、カヌーに満載した原色のトロピカル・フラワーと共に私たちのバンガローを訪ねてくれる。バンガローのテラスで、紺碧のラグ−ンを静かに滑るようにやって来る褐色の肌の女神たちを待つ時間は、まさにこの世のものとは思えないほどの魅力である。
 傲慢なくらいの青さの中、太陽が照りつけ、心地良い貿易風がタヒチのかぐわしき香りを運んでくる。


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 ザンジバル―スワヒリ達の海に遊ぶ。
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