BIG BLUE
〜1〜
写真と文 須賀安紀
by Aki Suga

はじめに、あれやこれや…

子供らに僕は見せてやりたかった。
青い波間のカジキの群、金色の魚の群。
歌うたう魚の群。
水泡は花と咲き開いて、流れ流れる僕をゆすり、
えも言えぬ風が吹いて、時おり僕は翼をえた。

by ランボー


 私は本州最南端の小さな港町、串本で生まれた。子供の頃の海辺の記憶は、今もって光溢れる鮮やかな色彩と、潮の香りに満ち満ちている。耳を澄ませば、磯の潮溜まりで交わした悪童たちとの無邪気な会話や、磯場のヘチに大きなアワビを見つけた時の歓声までもが甦る。
 今も飲めばよく話題にするのだが、小学生の頃までは実家から歩いて数分の浜辺で夜間、海亀が産卵に来る様子を風物詩的に眺めることもできた。夏場、定置網に掛かってしまった海亀を漁師が捕らえ、甲羅の後端に開けた小さな穴にロープを結び、港内に舫っておくことなどは日常の風景として、そこにあった。
 夏の終わりには、舫われた海亀の数が、多いときには数十尾にものぼり、ロープを手繰り寄せては間近に見るその大きさに目を見張ったり、時には悪童たちとその甲羅に乗る勇気を競ってみたりもした。
 海面に鼻先を突き出して、“プハー”と呼吸する海亀の緩慢な泳ぎと、その水音は今も耳に残っている。
 この海亀たちの末路は哀れだった。
 まだ陽も高い夏の夕刻、屈強な漁師たちの手で素早く手繰り寄せられたかと思うと、波打ち際に運ばれ、瞬く間に解体されてしまうのである。そして浜辺では、海亀のどでかい甲羅をドラム缶にのせ、それを鍋として“海亀鍋”の宴が始まるのである。
 もっとも子供の私たちは、解体する際に大量に“出現”する白くて柔らかいピンポン玉のような海亀の卵でキャッチボールをしたり、年下の悪童の頭をめがけて投げてみたり、ひとしきり無邪気に楽しんだ後で宴に参加したものである。
 醤油に刻みネギとおろし生姜で食べた海亀の肉と臓物は、「これでうちのお父ちゃん、夜も元気やで!」となんの憚りもなく、屈託のない笑顔と大声で話す漁師のおカミさんたちのみなぎるパワーのせいか、意味もよく分からないまま、なにやろ子供心にも体に“効き”そうな気がしたものである。
 今の環境保護団体や、海亀の混獲問題を口にする人々が見れば卒倒してしまいそうな豊かな漁村の光景が、そこにはあった。
 食に関して言えば、向かいの大島に鯨の解体工場もあり、毎朝、魚の行商に精を出す婆ちゃんたちの引くリヤカーには、必ず一貫目ほどの大きさにカットされた鯨肉のブロックが積まれていたものである。

 独りで曳き釣りに出かけた漁師が小舟を残して行方不明になったり−−それは多分、とてつもない大物に持って行かれたのだと漁師仲間は耳打ちしたものだが−−エンジン故障でシアトル沖まで漂流した「良栄丸事件」やら、その昔大時化の中、大島の海金剛で遭難したトルコ軍艦の乗組員の救出劇やらを父や祖母から聞かされて育ったのである。
 中学卒業の頃にはアラフラ海にダイバーとして出かけて行く友人もいた。この苛酷な仕事に夢をかけたダイバーたちについては司馬遼太郎の『木曜島の夜会』に詳しく描かれているが、とにもかくにも私たちは海から多くのものを得ていた訳である。
 その事はやがて私自身、南の島でのマリンスポーツやツーリズムに関わる仕事を経てバブル期、カジキに焦がれる雑誌創りに結実していったのだが、その崩壊と共に洒落にもならない巨額の重荷を背負って、長い道をヨタヨタと歩く事にもなった。
 この間、活気に満ちていた漁村は、全国津々浦々なにやら実に単調な光景と化し、今や全国の漁業従事者の40パーセント以上が60歳を超すという超高齢産業と化してしまった。こうなれば生涯の仕事として海人に撤するのも悪くないと、その日に備えジムに通い、あれやこれやの漁撈術を習得するのも男の生き方としては潔いとも思える。少なくとも、右を見ても左を見ても年金の話題ばかりという閉塞感から男たちは開放されなければならない。
 全国約3,000の漁港に、広い視野と海を熟知したハーバーマスター的な人々のネットワークができれば、日本の海辺のシーンは確実に変わるだろう。

 政府は一昨年、都市と農山漁村の双方向で人々が行き交うライフスタイルを実現するために、「都市と農山漁村の共生・対流プロジェクトチーム」なるものを設置し、双方の交流によって生産者の高齢化や担い手不足に悩む農山漁村を活性化させ、同時に都市住民のゆとりある生活を実現させるための国民運動を推進するとしているが、かつてのリゾートブームとは異なる、地に足のついた長期プロジェクトとなれば漁村再生という見地からもそれなりの効果が期待できるだろう。
 昨今、魚村の豊かな自然環境や景観等の地域資源を活用し、都市住民との交流を活性化させるためにさまざまな調査報告も発表されているがテーマは@イベント、A交流、B学習(様々な体験学習)、C海洋観光レクリエーション、D水産物直販、E環境保全といったものである。
 各地で開催されている「ビルフィッシュ・トーナメント」等はまさにその具体的実例の最たるものであるが、その中心となるビルフィッシャーたちの心はこれまで、今ひとつ晴れやかなものではなかった。
 その原因となっていた「都道府県漁業調整規則」の禁止規定項目が前述した漁村活性化に向けての政府のさまざまなアプローチや遊漁の実態と合わなくなり「静岡県海区漁業調整委員会指示」などでは『ひき縄釣り=トロウリング』がようやく条件つきながら遊漁者にも認められるようになってきたのは時代の趨勢の中で当然の帰結とも思われるが、その承認の基準と手続きにはまだまだ多くの改善の余地が残されている。
 「不倫の恋に似た日本のカジキ釣り」を誰でも大手を振ってチャレンジできるようにするにはやはり、釣魚資源の維持管理と持続的な有効利用にアングラーが責任を持つためにもライセンス制に移行するのが最も効果的な方法であろう。
 このシリーズではカジキを巡るさまざまなキーワードについて考えて行こうと思う。
 今回は長いプロローグとなってしまったが、これは冒頭のランボーの詩の世界を実現するための、つたないアプローチの始まりでもある。


(『パーフェクトボート』(ネコパブリッシング)掲載分より)


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