BIG BLUE
〜3〜
写真と文 須賀安紀
Written & Photographed by Aki Suga

釣りを正当化するもの…

海を愛する者も、
ときにはそれを悪しざまにののしることがある。
しかし、そのときすら、
海が女性であるという想いは、
彼らの語感から失われたためしがない。

by アーネスト・ヘミングウェイ


 釣り人達の歓声の横で、打ち捨てられ、干からびた釣魚の姿を見ることは遣る瀬ないものである。理由は何であれ、感謝と畏敬の念をもって迎えられなかった釣魚の死は哀れなものである。そんな光景を目の当りにするたびに、無為な殺生を伴う釣りは、どんないい訳をしようとも所詮、二流の趣味だという想いを強く抱くようになった。
 もっとも私自身、子供の頃から近くの防波堤や磯場で数限りない無為な殺生を繰り返し、釣魚の死について想いを致すようになったのは実際、ここ数年来のことである。子供の頃は、それこそ無邪気な残忍さを存分に発揮し、釣り上げたショウサイフグが“キュッキュッ”と発する声と共に精一杯膨らませたその白い腹をパーンと踏み潰す遊びにふけったり、釣魚の口に火薬を詰めて海に放ち、それが炸裂する様を水を透かしながら眺めることが大きな楽しみでもあった。

 初めてカジキを釣った時も、嬉しさばかりが先に立ち、その巨体に跨がって記念撮影に興じたり、そのビル(吻)で記念のトロフィーを作ることに熱中するばかりで、釣り上げた魚の死について考えたことなどまるでなかった。
 その心境の変化は、ここ数年ほど前から顕著なものとなってきた。カジキを釣っても、なぜか虚しいのである。
 それは、歳を重ねるにつれ、自然な形で私の内部から浮き上がってきた節理のようなもので、やっと物の哀れが理屈ではなく心情として分かる年代になってしまった証であるかもしれない。それに至る過程として、私には釣魚の“死を愉しむ”という時間が必要だったのかもしれない。私の心に、そんな意識を醸し出すまでに、私には50年近い歳月が必要だった訳である。
 しかし私は、釣り竿を初めて手にした子供達に無為な殺生を戒める気持ちは毛頭ない。ただ、今に至って私の心に芽生えてきたこの想いを淡淡と話し、子供達の心の発酵を促す、なにかしらの酵母を植えつけられればと思っている。
 釣魚を取り巻く環境は確実に悪化しており、私が釣魚の死について想いを致すまでに要した時間は、今となってはある意味で永すぎた春といえるかもしれない。自然(釣魚)と子供達の関わりについて、“強制”はなんら両者の溌剌とした関係を促すものではなく、私は釣魚を巡る的確でさまざまな情報を、できるだけ多く子供達に提供することが最善の方法だと考えている。

 記録は誕生した瞬間から、更なる記録の可能性を意識することとなる。
 自身の肉体を鍛え上げ、限界に挑むアスリート達の記録と、そもそもフィールドに対象魚がいないことには成立しない釣りの記録−−ましてそこには結局“運”に集約されるあまりにも多くの要素が介在するスポーツ(プレジャー)−−との間には歴然とした質の違いが存在する。
 アスリート達の記録や釣魚記録にしても、その生物学的な能力や重量の記録という点においては、おのずとそこに“限界”はある。単純に釣魚の重量を競うというスポーツは、釣魚記録の“保存”という観点のみから判断すれば早晩、閉塞状況に追いやられ、停滞することは自明の真理である。そこでルールやライン強度によるカテゴリーなど、さまざまな制約を設け、アングラーの洗練度を競うことでスポーツフィッシング(プレジャーフィッシング)の世界に更なるステージが構築されたのである。ライン強度やファイト時間などを読み解くことで、アングラーの技量をそれなりに推し計り評価することが可能となった訳である。
 ビッグゲームフィッシングにおいては1898年、米国、カリフォルニア州のサンタ・カタリナ島に『カタリナ・ツナ・クラブ』が設立されたことでオフショアー・スポーツ・フィッシングのメソッドやタックルは著しい進歩を遂げた。それを可能にしたのは、さして沖合に出なくともブルーフィン・ツナ(クロマグロ)やビルフィッシュ(カジキ類)に遭遇できた豊かな海であった。

 同クラブのルールは、現在のIGFAルールの原型ともいえるもので、ライトタックルからヘビータックルに至る概念は既にこの頃に確立されたものである。ロッドの全長、チップの長さや重量、そしてライン強度にまで厳格な規定がこの時代になされた。ちなみに当時のライン強度の主流は6スレッド・ラインで、これは現在の20ポンド(10kg)ラインに相当する。リールのドラグ機構が未だ開発されていなかったその時代、アングラー達はリール・ピラーに親指でスプールの回転を制御する皮製のガードの付いたリール(一般にナックル・バスター・リール《knuckle-buster reel》と呼ばれたもので、ラインが出る際にリール・ハンドルが逆転することから、その名の通り“指の関節を破壊するリール”として知られたもの)で釣果を競った訳である。

 魚を食べることに意欲的でない彼らの仲間には、自身の愉しみを正当化し、理論づけることにたけたアングロ・サクソンが多かった。そして彼らの遺伝子を受け継いだ次世代のアングラー達は後年、“趣味の愉しみ”である釣魚を保全するためにさまざまなアイデアを実行することになる。
 1980年代から始まった『タグ&リリース』は、彼らの釣魚に対する想い入れの、ひとつの発露であるとも考えられる。しかし、コスタリカなどで開催されるセイルフィッシュ(バショウカジキ)のタギング・トーナメントの状況を見ると、ぞんざいにタグを打たれたカジキが、長めにカットされたリーダーを揺らめかせながら、痛々しく海に還って行く姿も見られ、タグを打つ行為とリリースがトーナメントと自身の釣りを正当化する欺瞞に満ちた免罪符のように思えることもある。
 しかし、歳を重ねるにつれ、自身の釣りを正当化するものがフィッシング・ルールやトーナメント・レギュレーションだけでは物足らなく感じられる時が必ずやってくる。
 豊かな魚食文化は、釣りを正当化する上で最も強いインパクトを発揮する。リサーチと釣魚保全を前面に打ち出した“タグ&リリース”も近い将来、ますますそのインパクトが高まることだろう。
 では、夢とかロマンとか、釣りの最も根源的で身勝手な情緒の部分は、何をもってその正当性を主張できるのだろうか?
 その答えは明快である。人は感動に生きる存在であり、全神経を使った魚との対峙、同時に多くの満足や後悔、その矛盾の中にどっぷりと身を浸してこそ、はじめて魚(自然)を知ることができるからである。
 そこからそれぞれの、釣りに対する第二幕が始まるのである。

(『パーフェクトボート』(ネコパブリッシング)掲載分より)


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