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BIG BLUE
〜8〜 写真と文 須賀安紀 Written & Photographed by Aki Suga 記録から検証できるもの…!? |
| ここには夜と昼とがある。 いずれも甘美なものだよ、兄弟たちよ。 太陽と月と星晨は、みな甘美なものだよ、兄弟たちよ。 ここには荒地をわたる風のごときものがある。 人生は大変甘美なものだよ、兄弟たちよ。 死のうなどとは愚かなことだよ。 by ボロー |
| ソルトウォーター・ビッグゲーム・フィッシングの世界は、タックルの進歩とアングラーのテクニックの向上、さらに高性能のボートと優れたスキッパーのマニューバ・テクニックに支えられて刮目すべき記録が誕生している。 2002年6月4日、スペインのLa Gomera沖でステュワート・キャンベルによって達成された254.92kg(562ポンド)のニシクロカジキは、4kg(8ポンド)ラインで釣られたもので、そのライン強度比はポンド換算だと70倍に達する。ちなみにIGFAはライン・カテゴリーを11のクラスに分けているが、元来のポンド表示であった2、4、6、8、12、16、20、30、50、80、130ポンドクラスを単純なキロ換算表示(1、2、3、4、6、8、10、15、24、37、60kg)に当てはめている。ところが釣魚の重量換算においては1ポンド=0.45359kgという正確な換算を行っているため、ライン強度比を単純にキロ換算で行うと、ポンド換算との数値に大きな誤差が生じるので注意が必要である。 今日、私たちが用いるビッグゲーム・フィッシングのタックルおよびテクニックは、前号でも紹介した『カタリナ・ツナ・クラブ』の全盛期に、そのほとんどが開発された。その意味で、同クラブが設立された1898年はビッグゲームを愛する者にとっては、ある種の感慨を抱くものではある。 |
| この時代に使用されていた初期のリールは、俗に“ナックル・バスター(knuckle buster)”もしくは“サム・バーナー(Thumb burner)”リールと呼ばれたもので、ドラグやフリー・スプール機構のないものであった。ラインが出るのを止めるにはリールのピラーに取り付けたサム・ストール(Thumb stall)をスプールのライン上に親指で押しつけて制動するという代物であった。サム・ストールとは指を保護する当て物のことでサム・ガード(Thumb guard)、サム・ブレーキ(Thumb brake)、サム・パッド(Thumb pad)、サム・タブ(Thumb tab)、レザー・タブ(Leather tab)、サム・セービング・レザー(Thumb saving leather)などとも呼ばれ、その多くは皮革で作られていた。先に述べたナックル・バスター・リールとは、魚の引きによりリール・ハンドルが逆回転し、指を痛めるアングラーが続出したことから名付けられたものである。 |
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| ストライプト・バスやターポン・フィッシングにはサム・ブレーキとバックラッシュを防ぐためのクリッカーだけでも何とか事足りたが、ブルーフィン・ツナ(クロマグロ)やビルフィッシュ(カジキ類)の力強いファイトに耐えるうちにサム・ストールが過熱して指にやけどを負うアングラーもいたほどである。初期のビッグゲーム・アングラーはこのように、打撲とやけどによる水ぶくれに耐えながらファイトを続けたのである。こういった時代を経てラベス・ドラグ・ハンドル(Rabbeth Drag Handle)というブレーキング・メカニズムが開発された。これは1902年にパテントを取得しているが、リールハンドルを手でしっかりと把握していれば、あるドラグ負荷のもとでスプールだけが回ってラインが出て行くものであった。しかし、もしハンドルから手を緩めれば、ナックル・バスターと同様にハンドルが逆回転するというものであった。同時期、スパナー・レンチであらかじめドラグ強度を調整できるユニバーサル・スターというドラグ機構も開発されている。 |
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しかし、ビッグゲーム・フィッシングの革命的な機構としてのドラグ・システムが確立されるには1913年まで待たなければならなかった。 “ハンドルが逆転することなく、ドラグによるプレッシャーを与えた状態でラインが出て行くクラッチとブレーキの新装置”が考案されたことで、ビッグゲーム・フィッシングは新たなステージを迎えることとなる。リール側板の内部に断続する三枚のディスク・クラッチを装備し、ハンドルは逆転せず、ドラグ強度は外部から調整できるリールが誕生したのである。新しいリールのフィールドテストは、カリフォルニアのカタリナの海で何度も試みられた。『カタリナ・ツナ・クラブ』の会員であり、このリールの開発に大きな情熱を捧げたウィリアム・ボッシェンによって「古代ローマの海の剣闘士」とも呼ばれたメカジキが最初に記録されたことで、革命的なタックルとしての立証がなされたわけである。1913年9月、4時間半のファイトの後にランディングされた161kg(355ポンド)のメカジキがそれである。 IGFAのレコードブックで唯一残念なのは、そのファイティング・タイムが記載されていないことである。ビッグゲームの釣魚記録を読み解く上で、そのファイティング・タイムは大きな意味を持つ。1,000ポンド・オーバーのカジキを短時間でキャッチするにはアングラー以上にボート・スキッパーの技量が大きく影響するものだし、その臨場感がファイティング・タイムを読むことによって伝わってくる。 |
| ライトタックルでビッグゲームを狙う際の緊張感もまた、そのファイティング・タイムを読み解くことで理解できる。同時に往時のタックルの機能を読み解くことで、そのファイトが実際どのようになされたものかも知ることができる。記録というものは、その背後にあるさまざまな要素が交錯した結果として得られるものであるが、その要素の一つひとつを検証して行く過程は興味深いものである。 当時のリネンの24スレッドラインは、ドライテストで66ポンド(29.9kg)以下とされ、リネン・ラインは水を含むと10〜15%の強度が増加することから既存の80ポンド・クラスのモノフィラに相当する…などと考えながら往時のタックルとボートの性能を考慮しながらそのファイトを想像することは興味深いものである。 ちなみに現在のクロカジキとニシクロカジキのライン別記録を見ていると、興味深い事実に気付かされる。50、80、130ポンドクラスのクロカジキのライン強度比はそれぞれ約23倍、14倍、11倍であるのに対し、ニシクロカジキのそれも約23倍、15倍、11倍とほぼ拮抗しているのである。このことは本稿の第2回で話したクロカジキとニシクロカジキの分子遺伝学的検査による種の同一性と、記録の限界を感じさせるものとして、私にはさまざまな示唆に富んでいるように思えるのである。 |
| (『パーフェクトボート』(ネコパブリッシング)掲載分より) |