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BIG BLUE
〜9〜 写真と文 須賀安紀 Written & Photographed by Aki Suga ビッグゲーム、ビッグボーイ。 |
| 沖のかた、ただよう木の実のように 別れ別れの船舶が せっかちの意志の使命に離れて行く いつかは、あの雲の歩みのように 港の鏡の空を滑りゆく雲のように 海を抜けて逍遙する夏のように なにもかもが、はっきりと目に映り 記憶のなかを滑る季節もあるだろう by オーデン |
| 冒頭のオーデンの詩は、これまでに紹介してきたものの中で、個人的には最も好きなものである。中学生の頃に諳んじて以来いつも、夏の終わりには独りごちて感慨に浸り、またひとつ夏が過ぎたことを実感する。それは年が改まり、またひとつ齢を重ねる際の感慨とはまるで異質のものである。実際、夏の終わりほど切ないものはない…。 1988年の夏、東急グループの総師であった五島昇氏とカジキを求めて下田の海に出たことがある。その二年ほど前の、胃の全摘出という相当な手術で「二十キロは痩せたよ…」と話す同氏ではあったが財界の団十郎とも呼ばれた魅力的な風貌と、時折見せるシャイな少年のような笑顔と声が、今も記憶に新しい。 海に出る前夜は伊豆の別荘で御厄介になり、温泉と美味い食事を満喫した後、氏の想い出の神子元島沖でのメカジキの写真やビデオを見ながら遅くまで釣り談義に興じたものであった。翌朝は主治医が驚くほどの溌剌ぶりで、氏の愛艇『伊豆丸』で食べたカレーは実においしかった。 敗戦後の沖縄のこと、国場組のこと、時代について、ハンティングやトロウリングのこと、自身の様々な事業のことに話が及ぶかと思えばサファリパークのための象を買うために自らアフリカにまで出かけたこと、太平洋や南の島のこと、所有するフィジー諸島の八百万坪程の島については「この先、二十年ほどは一切手をつけるなと云ってあるんだよ。短いスパンで下手に自然をいじってしまうと、これはもうどうしようもない。ああいう小さな島はせめて二十年ほどは何もせず、ただ観察するべきだと思うね。二十年ほどそれを続ければ開発と環境保全という大きな問題にある程度の調和の糸口が見えてくるだろうから、そのときにやれば良い。それまでは基礎調査だ、とね…」。 |
| 不動産投資だ、マリンリゾートだと、多くの日本人がせっかちに浮かれていたその時代に、そこまで冷静に夢を持って事業と自然について語る人物と、洋上での時間を共有できたことに、私は大きな感動を覚えたものである。 氏がトロウリングを始めたのも「ハワイで仕事をするようになってからだから、もう二十年ほどになるかなあ…。370ポンドのをはじめて釣ってからやみつきになったね」と語るように、『マウナ・ラニ』の開発はまた、氏に多くのインスピレーションを与えたようであった。そして、カジキとの出会いもハワイの海が最初であった。 実際、ハワイの海は多くの日本人に様々な夢を抱かせたものである。ハワイアン・インターナショナル・ビルフィッシュ・トーナメント(HIBT)はJIBTに大きく寄与し、JGFAの現会長や故大西英徳前会長もハワイの海から多くの出会いと啓示を受けた方々である。 |
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| 「ただ金儲けをしているだけの人は、没落も早いものでね。僕も多くの経済人を見てきたがやはり、何か人間的な魅力のある人が残る。例えその人に大きな危機があったとしても残る。少なくとも人の心に残ることは間違いない…」。船上での氏の言葉の幾つかは時折、エンジン音に掻き消されがちであったが、そのときの私たちの会話を記録したカセットテープは今も私の手元にある。翌1989年の、氏の訃報を聞いた際に大きな感慨と共に改めて耳にして以来、これまでずっと封印したままである。聞かずとも、あのときの言葉やエンジン音、そして見上げた空の色は今も鮮明に蘇る。 弟さんが、ブーゲンビル島沖で戦死されたこともあってか、氏の太平洋の島嶼に抱く思いは格別のものがあったようである。氏に先般のスマトラ沖地震や、昨今の地球温暖化に伴う様々な地球環境の激変を伝えることが出来たなら、氏は何と応えるだろうか? 「大変だ! それじゃあ、俺の島も無くなっちゃうよ!」と冗談めかしながら実際、様々な奉仕活動に打って出たことであろう。 伊豆の別荘で共に迎えた朝、氏は庭を案内してくれながら海際の一角を指差して語ってくれたものである。そこにはマングローブの小さな繁みがあった。 「ここが日本のマングローブの最北端なんだよ。僕が移植したんだけど、水際で小魚たちが育まれる環境は、国のひとつの基本でもあるからね。それを見るのは愉しいものだよ…」 “人生五十年”と言われたものが八十年となり今や、百歳を超えるまで健康に生きるための様々な方法論も確立されつつある。七十二歳という若さで逝ってしまわれたことが、今更ながら残念でならない。長寿社会になればなるほど、生きるということの意味が格別な意味を持ってのしかかってくる。精神と肉体が感応しあい、生きることの意味が様々な局面で試されることになる。「ただ金儲けだけの人は…」と話されたことの意味が大きな重さをもって耳に蘇る。 例えば私が昨今のIT成金で、唸るほどの金を持っていたとしても、悪妻に悩まされている凡人であれば、美人で聡明で、はちきれんばかりの肉体を、貞淑という薄絹で包んだ女房を持っている幸せな男にはどうしようもなく嫉妬するだろう。 生きることの過程において、何に価値を見出すか!? それはビッグゲームにおいても言えることである。 |
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歳を重ねて人生を反芻する過程は、冒頭のオーデンの詩、そのものなのである。 「…いつかは、あの雲の歩みのように、港の鏡の空を滑りゆく雲のように、海を抜けて逍遥する夏のように、なにもかもが、はっきりと目に映り、記憶のなかを滑る季節もあるだろう」 其のとき、かつての釣りに思いを致すとき、あのとき自分をあれほど手こずらせた、あのカジキが、あのときのギャフで命を落としてしまったのか、それとも今もこの海を泳いでいるかもしれないと、懐かしく想いを巡らすことができるのか…。 私たちの人生のクオリティーは、まさにここに求められるのである。 |
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| (『パーフェクトボート』(ネコパブリッシング)掲載分より) |