BIG BLUE
〜13〜
写真と文 須賀安紀
Written & Photographed by Aki Suga

6・21
雑誌『ボート倶楽部』に宣戦布告!?
−そんなこと、夢想だもせず…

『スポーツアングラー』発刊号表紙
雑誌を創るということ

 6月21日、雑誌『スポーツアングラー』が船出した。
 9・11のように世界を震撼させる訳でもなく、多くの人々の弥栄(いやさか)がある訳でもなく、ストイックに且つ、ハードボイルドに荒海に乗り出したわけである。もしやもしやと、港のそこかしこに涙ぐむ美女の姿を追ったものの、そこには、いきつけの安い飲み屋の馴染みの女の顔があるだけで、僅かばかりの無責任な激励やら冷やかし、嬌声を後に船出したわけである。
「きのう、二日酔いで朦朧としていた男が今朝、マリーナを出た。どこへ? 南の島へ」。そんな話が好きであるから、波乱万丈の人生を、さり気なく生きることを演じる上でも、今回の船出は私たちには相応しいものであった。
 雑誌『スポーツアングラー』の表紙はイラストで行くこととした。イラストレーター、栂岡さんの画風は、お人柄そのものの静謐感溢れるもので、ダイナミックな構図の中にも自然の摂理を感じさせてくれ、世俗の垢にまみれた私の心をいつも癒してくれる。

 雑誌を始めるときには、いつも思い出す苦い失敗がある。
 1983年、私が小さな編集・制作会社を始めたときに「ええい、ままよっ!」と『ビーチコマー』なる雑誌を創ったことがあった。“海とロマンの情報誌”などと銘打ち、一気に3万部を刷ってしまったのである。当時は今以上に能天気な性格で、問屋(取次ぎ)に納めれば、すぐにこれくらいは捌けるだろうと信じて疑わなかったのである。なけなしの軍資金を一気にぶち込み、東販の窓口に意気揚々と見本誌を持って出かけた自分が情けない…。担当窓口のS氏とのやり取りは今も鮮明に蘇る。「…で、雑誌のコードは?」「コード…!?」「ええ、雑誌コードですよ」「講堂?、公道?、コード…?」、そんな頓珍漢なやり取りの直後に、冷や水を浴びせられる現実に直面したのである。「雑誌コードがないと取次ぎの流通には乗せられませんよ。そんなこともご存じなく雑誌を創られたのですか?」「では、どうして書店に並べまひょ!?」「直でおいてもらうしかないでしょうネエ。大変ですけど…」。
 その大変さを理解するでもなく、釈然としない取次ぎ制度に憤慨しながらも妙な高揚感を覚えたことが記憶に新しい。新御茶ノ水にあった事務所マンションに戻り、廊下に延々と続く山並みのように積み上げられた在庫を前にして、やっと我に返り、「どないしょう? えらいこっちゃ!」と思ったものの後の祭りの初夏であった。「ええい! ならば、ひと夏で直に納めたろうやないか!」と、わずか一人の従業員と共にバックパックを担いで書店回りを開始したものの、これが大変な仕事。納品伝票やら清算伝票、それらの控えを確認しつつ請求書を起こし、今度は在庫の回収をしなければならない。毎日「いやあ、今日は書泉グランデに20部入れてもろたで、あの店の子はホンマ、可愛いなあ。それにくらべたらS堂は3冊だけやで…」「3冊だけでもええやないか、昨日は15軒まわってゼロやさかいな…、それと秋葉原の本屋から追加オーダーが入っとったで!」「おお、何冊や!?」「いや、1冊だけやけどナ…」などと他愛もない報告を2人で延々と重ねながら夏の2ヶ月で、何とか納品までに漕ぎ着けた数が3万冊のうちの僅か1500冊余り…。マンションの管理人からは、「須賀さん、早くこの荷物なんとかしてくださいよ! インキ臭いし、消防法からも問題あるんですからね! 早く倉庫に入れるとか…」。いやあ、弱った。いつまでもバックパック作戦を続けても活路は見出せそうに無く、「この際、思い切って見切りを付けるか!」と処分を決定するも、洋紙の雑誌なんぞは古紙としての回収も嫌がられ、なんとか持っていってもらったものの、それの対価がポケットティシューをダンボール3箱分とは情けない。
 これまでに関わってきたさまざまな出版物の制作当時の想い出は、苦くもあれば楽しくもあるが、スポーツフィッシング誌に関わるうえでの思いは今も昔も変わらない。今回、雑誌『スポーツアングラー』の発刊にあたって書いた想いがそれである。

※    ※    ※

 輝く海をひねもす眺めていたり、ルアーの航跡を一日中凝視していたり、アップ&ダウンのジギングを日がな一日続けて腕が棒のようになってしまったり…。そんな、たわいのない洋上の体験がいつも心に新しいのはなぜでしょう? 結局、私たちは洋上で垣間見た巨魚の一瞬のジャンプ、それにあの夕陽の美しさが忘れられなくて再び、海に出るのです。
 雑誌創りの愉しみは、まだ見ぬ大物を釣ろうとする洋上の悦楽に共通するものがあります。潮の流れを読み、潮温をチェックし、完璧だと思われるルアーをプレゼンテーションする。周到なリサーチが結果に結びつくこともあれば、一途な想いが運を呼びこむこともあります。天真爛漫に釣りを楽しめる状況を少しでも取り戻すために、私たち編集部は今、何をするべきかを考えています。魚を釣るためにはさまざまなタックル、テクニックが必要となります。釣りを始めた頃は、とにもかくにもそのことで頭が一杯です。最初は好奇心に満ちた興味から、無節操に魚を殺してしまうこともあるでしょう。そういった歩みの中で経験するさまざまな出来事−例えば竿を持つ手に強烈に伝わる魚の手応えや、初めての釣果を手にしたときの感動はいつまでも心に残ります。でもいつか、魚のいない水辺で釣り糸を垂れる虚しさについて想いを巡らす日が必ずやってきます。釣りを通して魚を知ること、その環境を知ること、その継続を願うこと。それらはまず一尾の魚を釣ることから始まるのかもしれません。
 南の島のゴーギャンは失意の中に逝き、あとには彼の芸術だけが残りました。志を持ち続け、生きぬくということは、決して形のよいものではないという事実がここにあるような気がします。
 私たち編集部もまた、その覚悟をもって海に出たいと思います。


『スポーツアングラー』の表紙イラストを担当していただくことになった栂岡一孝(つがおか・かずたか)さんと愛犬モーリー。『半画半漁』生活を理想とされる栂岡さん。魚、釣り、アウトドアをテーマに、ナチュラリストが描く静謐な画風が私たちを魅了する。撮影:鈴木克宏

(『パーフェクトボート』(ネコパブリッシング)掲載分より)


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