Marlin, I'll see you when you are.

愛しの
カボ・サン・ルーカス

取材/構成/編集部


カボ・サン・ルーカスで滞在したHotel Pueblo Bonito。

バハ・カリフォルニア半島は、南北に約1,500km。イタリアよりも長いメキシコのこの半島で、都市らしい都市といえば北部のティファナやメヒカリ、そして南部のラパスくらいなものである。そのラパスから更に南に230km、バハ・カリフォルニア半島最南端の岬がカボ・サン・ルーカスである。太平洋とカリフォルニア湾を見渡せる褐色のセクシーなリゾートであり、同時にスポーツアングラー達にはレコード狙いのマカジキの魚影の濃さでも夙に有名なのだが……。

カボと言えば、まずストライプト・マーリンの
名前が浮かぶほどだが…。


Fishing in Cabo San Lucas
〜アジのライブベイトが主流〜

 カボ・サン・ルーカス――その名前の持つ響き、イメージ、そして『IGFAレコードブック』にもしばしば登場する地名として、永らく私はこの地に妙な親近感と想い入れを抱いてきた。
 ビッグゲームと、カボの将来性についてのリサーチということで、我が『スポーツアングラーズ』は急遽カボの海に飛び立つこととなったのである。折しも“世界で最もリッチなトーナメント”として知られる『ビスビーズ・ブラック&ブルーマーリン・ジャックポット・トーナメント』が終わり、私がカボに着く頃には『ゴールド・カップ・ビルフィッシュ・トーナメント』が開催されるという時期でもあった。サン・フランシスコで銃鉋店を経営し、ハンティングやシューティングを主体としたツアー・ビジネスも営む友人と合流するために一旦ロスからシスコに戻り、そしてサンディエゴを経てロス・カボスに入るというスケジュールであった為、正直、いささか疲れた。ただ、あまりにも大きな期待を胸に訪れたカボの海は、いささかナイーブであり過ぎた。処女の輝きをもって迎えてくれた初対面の海と、抜けるような空の青。それにホテルの白壁が目映い、まさに想い描いていた通りのメキシコのリゾートではあったが、記録を狙う男の思惑に対して、この海は頑な羞らいを見せ、なかなかその全てを見せてくれなかったのである。結果、トーナメント期間中期待のマカジキは1尾も検量されず、565Lbを筆頭に4尾のブルーマーリンが記録されるに留まった。大会前日、釣れたマカジキと写真に収まる旅行者の光景が日常のものと想えただけに、私の胸中は複雑であった。私のロッドは処女の羞らいの前に無力であった。


朝、ボートを出す前に活かしておいたベイトのアジを調達する。


そのアジをリギングする……。


これを魚群に向けてキャストする。


町の至るところにタコスの屋台が立ち並ぶ。


「景気はどうかね」と尋ねると


「ムーチョ・タラバホ・ポコ・デネーロ」
 私にとって、カボは永遠の処女と化すのであろうか?
 洋上での歓喜にまみえなかった私たちはカボの町に出た。男は陽気で、女は控え目ながら気性が荒い。子供たちの無垢な笑顔、そして、「ああ、5年後にこの少女と再び出逢えたら」という想いに幾度も出逢いながら、シスコの銃鉋屋の親父と、中年の域にさしかかった雑誌編集者が町を歩く。屋台でタコスを頬張りながらスペイン語のできる鉄砲屋の親父が、仏頂面でインスタントのネスカフェを勧めてくれる屋台の女将に声をかける。
「景気はどうかね?」
 じっと考えるでもなく、女将は勘定を済ませる時と同じ口調で答えた。「ムーチョ・タラバホ・ポコ・デネーロ(仕事は沢山だけど、全然お金にゃなんないワ)」。なんだ、まるで東京に居る私と同じじゃないか、と私は妙な連帯感を覚えつつ、まじまじと女将の顔を見た。「俺と同じだよ」と話すと「ウソ、ハポネはお金持ち」とくる。「金なんぞいらないから、ここでのんびり暮らしたいよ」と応えると、女将は大きな仕草で両手をかざしてみせた。私たちの会話に聞き耳をたてていた私の上の娘と同い年くらいの娘がペソをドルに両替してくれという。よくよく見ると1ドルには500ペソほど足らないのだが、そんなことはどうでもいい。岩膚の丘陵を見上げると、世界各地からの金持ちの白亜の別荘が立ち並び、マイケル・ジャクソンやシルベスタ・スタローンのそれもあるという。
 私たちは虚ろに空を見上げ、今しがた耳にしたばかりの言葉を口にする。


見上げればマイケル・ジャクソンの別荘。


下を見やればシルベスタ・スタローンの別荘


ビーチで1日中麦ワラ帽子を売っても売り上げは僅か。

これがカボを代表するフィッシング・スタイル。カジキ、もしくはキハダの魚群を見つけるとボートは全速で好ポジションをキープし、アジのライブベイト、もしくはデッドベイトをプレゼンテーションする。


カボのセニョール達は実に陽気だ。チャーターボートの客引きでもある彼らの夢はスキッパーになることだ。何とセニョールが手にしておるのは名雑誌として誉れ高かった『スポーツアングラーズ』ではないか!

Mucho Tarabajo Poko Denero〜働けど、働けど……〜

「Mucho Tarabajo Poko Denero……」
 タコスで満ち足りた腹を抱えながら、冴えないハポネ2人がビーチを歩く。シルバーのネックレスやブレスレットをアタッシュケースもどきに納めた男たちが盛んにカモのハポネに声をかけてくる。マラカス売りも、ギター売りも、はたまたタートル忍者のパラシュート売りまでもがやって来る。テキーラとパシフィコ・ビアで朦朧とした頭には、もう釣果のことなどは二の次で、カボの夜を何とか充実させたいと思う邪まな想いが立ちのぼるばかりであったが、そこはプロの編集者。夜は遅くまで気まじめに仕事に精を出す心貧しきハポネでもあった。

釣り上げられたカジキやシイラは港の片隅できれいに身を削がれ、クルーの一族郎党の胃袋に収まる。


Pisces Fleet, Tracy Ehrenberg
〜パイサス・フリートのトレイシー姉御〜

 勤勉なハポネの習性として、私は決してカボで遊んでいた訳ではないことをまず確認しておきたい。カボに10ほどあるチャーターボート・フリートの中でも実績のあるパイサス・フリートのオフィスを訪ね、小股の切れ上がったトレイシー姉御に、本格的にカボでレコードを狙う際の段取りをレクチャーしてもらったことは言うまでもない。聞けば当ウェブ“トップ・アングラーズ10傑”にも登場したドン・タイソンや多くの実力派アングラー達が彼女のゲスト・ファイルに収まっている。
 何故に彼女は故郷イギリスから遠く離れたこの地に移り住み、チャーター・ビジネスなどという雑誌出版にも似たヤクザな商売に手を染めたのか、私にとっては釣りの情報よりも遥かに興味のあるところであったが、それとなく尋ねるに、やはり亭主と決めた男との愛(美しい!)が彼女にその決断を躊躇なくさせたようである。自身もアングラーとしてマーリンと共に精悍なポーズをとる彼女だがこんな女となら私だってどんな辺境にでも居ついてしまいそうである。


『パイサス・フリート』のトレイシー・エーレンベルグ嬢はご覧のような美形。日本からのアングラーは大歓迎ですと。




世界のトップアングラー達もしばしば顔を見せる。
 カボのフィッシング・シーズンは長いが、ストライプはほぼ周年、ブルーは6月から12月、ルースターフィッシュは5月から11月、トレバリーの類は4月から10月くらいがレコードフィッシュの可能性がある。ボートチャーターは31ftバートラム・クラスでフル・デイ400ドル程度、パンガと呼ばれる小型ボートなら200ドル程度となる。ライブベイトは洋上でも調達可能だが、出港前に港で買っておく方がベターだろう。ライブウェルを装備したボートは少ないので、長く活かしておくには新鮮な海水を度々注ぎ込むことを忘れてはならない。
 今回はエルニーニョのせいか水温が非常に低く、この季節、特に有望なストライプやブルーの群泳には出逢えなかったものの、もしも遭遇しておれば、直ちにライブベイトをキャストし、絶妙のドロップバック・テクニックでベイトを送り込み、確実にフックアップさせていたであろうに、そのスリリングなファイトをウェブ上で公開できなかったのは返す返すも残念であった。


カリフォルニア湾と太平洋の境にあるバハ・カリフォルニア半島最南端の岬には奇岩が立ち並ぶ。

世界から集うビルフィッシャー達を待ち受けるカボのレストラン&バー。

カボの景観を代表する荒涼とした岩膚との対比がまぶしいチャーターボート群。


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