日本におけるカジキ釣りの現状

大西英徳(おおにし ひでのり)

 日本では、職漁者のカジキ漁が古くから行われてきたが、スポーツとしてのカジキ釣りは、昭和40年代になって、ようやくその黎明期を迎えるに至った。その辺の経緯を歴史的に検証するとともに、日本におけるカジキ釣りの対象魚種、釣り場、魚体のサイズ等について言及する。
 一方、カジキのトローリングは、世界的に見ればもっとも豪快で、究極のスポーツフィッシングとされているが、残念なことに、日本は戦後まもなく、条例で釣り人の行うトローリングを禁止している。この辺の矛盾について論じるとともに、日本の将来のカジキ釣りを展望したい。その他、プレジャーボートでのカジキ釣りの現状と日本のカジキ釣り人口などについて述べる。


※この論文はJGFA前会長、故大西英徳氏が1994年9月5日、東京大学海洋研究所講堂において開催されたシンポジウム「カジキ類の分類・生態・資源・漁業」(コンピーナー:中村泉)において発表されたものです。なお同シンポジウムで発表された論文は、月刊海洋/vol.27、No.2、1995にとりまとめられています。バックナンバー等のお問い合わせは月刊海洋(住所:東京都日野市三沢3丁目45-9 TEL:0425-94-2654)まで。


1.日本のカジキ釣りの歴史

 日本では漁業者の行うカジキ漁が黒潮に近い地方では古くから行われていた。現在でも沖縄・与那国島の、カツオなどを餌にした曵縄釣り(手釣り)は続けられているし、釣りではないが、カジキのモリ突き漁業、すなわち、「突きん棒漁」も1940年頃から宮崎、大分、伊豆あたりの漁船によって始められ、今日でも続けられている。
 しかし、アマチュアの釣りとなると、そう手軽にできるはずもなく、第2次大戦前には、カジキを釣らせる釣船はほとんど存在していなかった。戦後になって、伊豆下田・須崎のカジキ漁師に頼み、カジキを釣ろうという釣り人がごく少数あったというが、それはほんとうにまれなことであった。資料が乏しいのでさだかではないが、アマチュアがロッドとリールを使ってカジキ釣りを日本の海で試みるようになったのは、いずれにしても、第2次大戦後のことだと思われる。なかでも、1950年(昭和25年)に、IGFAルールで釣りをする日本人アングラーの協会を作ろうということで、当時釣り好きの財界人、ジャーナリスト、政治家、学者などが発起人となって、「ジャパンゲームフィッシュアソシエーション(JGFA)」が設立された。設立に関係した人の中には、檜山義夫(元東大農学部水産学科教授・魚類学者)、安井誠一郎(元東京都知事)、永田一脩(元毎日新聞記者・大物釣りで著名)はじめ、発起人だけでも106名がおられたそうだが、設立されたもののその後目立った活動もないまま、1954年にIGFAの会長(2代目)マイケル・ラーナーが来日した折には既に立ち消えとなってしまっていたそうである。その後、1956年に橋本栄久が「東京トローリングクラブ」を起こし、伊豆諸島を巡る汽船上から磯のモロコ竿でトローリングをしたりということも行われた。1960年代にはいると、関口一郎(ジャパンビッグゲームフィッシングクラブ)、小島豊三(元全磯連会長)、木川田一隆(元東京電力社長)、五島昇(元東急電鉄社長)らがビッグゲーム(大物)フィッシングで活躍し、1964年になると、全日本磯釣連名(全磯連)の内部にトローリング研究会ができ、同好の士が少しずつではあるが登場してきた。この年には、前出の「東京トローリング…」「ジャパンビッグゲーム…」に加え、「ジャパンモーターボートクラブ」のメンバーが、釣雑誌「水の趣味」でトローリング座談会を行っている。そして、これらのクラブの中には、自分のボートを持ち、トローリングする釣り人も出てきたが、カジキを釣りあげるまでには至らなかったものと思われる。一方、作家の林房雄らが中心となった「日本トローリングクラブ」では、「ラメール号」というボートを建造し、船長として大島・元町の忠兵衛丸の弟を乗せたりして活躍した。

 こうして、いくつかのトローリングクラブが出ては消えを繰り返していた。1970年代前半には、ハワイでトローリング経験を積んだアングラーが中心となり、IGFAルールに基づくトローリングでカジキを本格的に狙うムードができ始め、スポーツとしてのカジキ釣りのスタイルが日本でもようやく固まりつつあった。1974年6月29日には、私の友人であった「ジャパンツナクラブ」の里吉博典が千葉・野島崎沖でIGFAルールのもと、マカジキの51.0kgを15kgラインで釣りあげるという快挙を遂げている。その中で、私は、自分のボートを設計し、IGFAルールに基づく本格的なハワイアンスタイルのトローリングを目指していた。そして、そのノウハウを修得するため、ハワイのキャプテン橘繁行に弟子入りし、厳しい特訓を受けることとなった(1975年)。
 その後、1978年10月、私と同様、ハワイのHIBT(ハワイアン・インターナショナル・ビルフィッシュ・トーナメント)に日本から別々に参加していた西川龍三(元JGFA副会長・故人)、岡田順三(現JGFA会長)の3名に対し、HIBTを主催しているピーター・フィジアン会長よりリクエストがあり、大会に参加するなら、日本としてチームをまとめてほしい。この際、IGFAルールに基づく協会を設立してはどうかとの手紙が届き、それまで面識の無かった3名を含め数名が集まり、「JGFA」の再出発を目指すことになった。

2.日本近海でのカジキ釣りの対象魚と釣り場


 日本近海のカジキ釣り場について、図1に示す。なかでも、沖縄、伊豆諸島、紀伊半島沖、四国沖は、シーズンになると盛んにカジキ釣りが行われており、その反面、九州の太平洋岸、及び日本海側は未開拓である。小笠原諸島もカジキは多いが、まだ釣り場として開発されてはいない。海外と同じく、大型のものはクロカジキ、シロカジキであるが、JGFAの日本記録として保管されているカジキ類の記録を表1に掲げる。これらの記録は、スポーツとしてのルール、IGFAルールに基づいて釣られたものであり、ルールに基づかない釣法や漁業者の漁獲のなかには、400〜500kg以上に達するクロカジキやシロカジキが記録されている。
 近年では、4〜10月にかけ、沖縄や九州、四国、和歌山、関東(伊豆)、三陸などの太平洋岸一帯では、カジキ釣りのトーナメントが開催され、町おこしの地域振興として大いに貢献している。代表的なものとして、毎年夏、静岡県下田沖で開催される日本最大のカジキ釣り大会「ジャパン・インターナショナル・ビルフィッシュ・トーナメント」は、オーナーボート80隻、地元遊漁船20隻、参加者600名で、海外からのアングラーも参加するビッグイベントに成長した。このイベントによる地元への経済効果は、5000万円を越えるものとなっており、1994年の大会では、潮変わりにより運悪く、3日間で1尾しか記録されず、その1尾もタグ&リリースされたため、1尾のカジキもキャッチすることなく、地元に5000万円が落ちたことになる。

●国内のカジキ釣りに関するJGFA日本記録
●は世界記録(ラインクラス部門)▲は女性 1999.6.1 現在

ライン
クラス
重量
釣り場所
年・
月・日
釣り人・クラブ名
ボート名
クロカジキ MARLIN,blue(Pacific)/Makaira mazara ラインクラス(1kg〜60kg)
6kg
(12Lb)
66.00kg 沖縄県与那国島沖 1987-
7-13
成田正宏(三水会) 瑞漁丸
10kg
(20Lb)
72.00kg 沖縄県与那国島沖 1989 -
6-20
菅野 篤(三水会) 瑞漁丸
15kg
(30Lb)
133.50kg 東京都三宅島沖 1983-
5-23
木村易弘(三水会) 幸丸
24kg
(50Lb)
222.00kg 宮崎県日向灘 1995-
5-28
吉田 哲(宮崎GFC) エンジェル
37kg
(80Lb)
232.00kg 静岡県下田沖イカ場 1998-
7-18
河野 肇(ビッグヒッツクラブ) 遊人
60kg
(130Lb)
193.00kg 沖縄県与那国島沖 1985-
5-13
秋山 勇
(ジャパンビルフィッシュC)
喜美丸
▲24kg
(50Lb)
127.80kg 東京都大島大室出し
南端
1993-
8-22
後中和子
(マージナルフィッシャーマンズJ)
海彦III
▲37kg
(80Lb)
158.30kg 東京都八丈島黒瀬 1996-
8-21
和田則美(関西GFC) パナリ
▲60kg
(130Lb)
60.00kg 沖縄県与那国島沖 1996-
7-5
松本ゆき子(南海GFC) 瑞漁丸
シロカジキ MARLIN,black/Makaira indicaラインクラス(1kg〜60kg)
15kg
(30Lb)
68.80kg 神奈川県城ヶ島沖・
沖の山
1995-
8-26
河野 肇(ビッグヒッツクラブ) ユージン
24kg
(50Lb)
154.80kg 神奈川県城ケ島沖 1989-
7-9
津野田和弘(ビッグイースト
フィッシャーマンC)
デルフィナスII
37kg
(80Lb)
234.00kg 東京都利島沖 1998-
8-1
石川修三(アドミラルFC) アドミラル−
60kg
(130Lb)
223.00kg 沖縄県与那国島沖 1986-
9-8
大東伝也(個人会員) 瑞漁丸
▲24kg
(50Lb)
84.00kg 神奈川県城ケ島沖・
沖の山
1992-
8-29  
近藤喜代子(ビルゴFC) ビルゴ
バショウカジキ SAILFISH,Pacific/Istiophorus platypterusラインクラス(1kg〜60kg)
6kg
(12Lb)
29.00kg 沖縄県与那国島沖 1987-
7-9
成田正宏(三水会) 瑞漁丸
10kg
(20Lb)
28.00kg 沖縄県石垣島沖 1998-
6-27
亀井 武(セーバーFC) なみ丸
15kg
(30Lb)
25.00kg 沖縄県黒島沖 1990-
5-15
鈴木頼光(中日トローリングC) 常丸
24kg
(50Lb)
36.50kg 鹿児島県甑島南沖 1998-
9-5
永井 毅(ファーストベアー) アルカディア
37kg
(80Lb)
34.20kg 鹿児島県甑島沖 1996-
9-7
橋口光徳(ファーストベアー) KAIHEI
▲24kg
(50Lb)
22.80kg 和歌山県潮岬沖 1996-
7-13
井上こずえ(総督釣倶楽部) ADMIRAL
フウライカジキ類 SPEARFISH/Tetrapturus spp.ラインクラス(1kg〜37kg)
6kg
(12Lb)
11.40kg 和歌山県すさみ沖 1997-
3-5
溜谷 剛(セブンシーズFC) 智丸
24kg
(50Lb)
18.00kg 東京都大島大室出し 1993-
8-22
高橋信介
(ニューポートアングラーズC)
シーガル7
37kg
(80Lb)
23.00kg 和歌山県紀伊大島沖 1996-
7-12
岩本憲明
(ヤマハ中国オフショアFC)
現代
マカジキ MARLIN,striped/Tetrapturus audaxラインクラス(1kg〜60kg)
6kg
(12Lb)
51.00kg 神奈川県城ケ島沖・
沖の山
1992-
8-30
丘 世悦(スノードルフィンC) スノー
ドルフィン
10kg
(20Lb)
65.50kg 神奈川県三崎沖 1986-
10-11
泉 正明(ドックマンズFC) ミスセーバー
15kg
(30Lb)
57.80kg 岩手県三陸沖 1996-
9-27
笹崎浩也(さんりくグランダーズ) さやかIII
24kg
(50Lb)
85.00kg 三重県大王崎沖 1987-
5-25
山本光平(西日本GFC) ポセイドン
37kg
(80Lb)
77.00kg 東京都三宅島沖 1987-
3-22
比企英夫(セントラルSFC) シルバー
シャーク
60kg
(130Lb)
78.50kg 東京都三宅島沖 1987-
3-29
熊切睦夫(セントラルSFC) シルバー
シャーク

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