世界におけるカジキの
ゲームフィッシングの動向

石井宏尚(いしい ひろなお JGFA副会長)

 カジキの解剖学的研究や漁業資源の保全に関する研究も重要だが、今、何よりも求められているのは、広い海域を回遊するカジキの研究に関する国際的な協力体制の醸成と思われる。ゲームフィッシャーマンは、カジキ釣り大会などを通じて多くのサンプルを提供できるし、多くの国々の友人を通じて、研究者の紹介も可能である。一緒に交流を始めようではありませんか。


※この論文は1994年9月5日、東京大学海洋研究所講堂において開催されたシンポジウム「カジキ類の分類・生態・資源・漁業」(コンピーナー:中村泉)において発表されたものです。なお同シンポジウムで発表された論文は、月刊海洋/vol.27、No.2、1995にとりまとめられています。バックナンバー等のお問い合わせは月刊海洋(住所:東京都日野市三沢3丁目45-9 TEL:0425-94-2654)まで。


1.はじめに

 回遊魚であるカジキを追いかけているゲームフィッシャーマンにとって、時は『カジキ時間』で流れ、日曜も祭日もなく、また、その回遊ルートが広いので、世界中を飛び回る必要がある。時々何でこの様な涙ぐましい努力をしているのか、ふと船上で波に揺られながら考えたりすることがある。全く変なサカナに惚れたもので、かの有名なヘミングウエイの『老人と海』の主人公の気持も多分同じであったろうと想像しつつ、ますますカジキと離れ難くなるのは、筆者ばかりではあるまい。改めて眺めてみると、カジキという生き物は全く面白い形をしていて、あの様なツノを持っている大型の水中生物はノコギリザメとイッカクくらいなもので、見つめるほどに魅了される。しかも、よく現在まで死滅することなく生存し続けてきたものだと感心する。近年、カジキと人間の関係は従前のそれと比べて、より複雑かつ深刻になる傾向が見られるようになったと思える。それは人間の経済活動の国際化の進行と、魚を漁る方法の急速なハイテク化などにより、今までと異なった視点からカジキを考えなければならなくなった事、即ち、次の世代への継承にとってかなり危険な状況を招きつつある事実が認識され始めた事であろう。

2.世界のカジキの釣り場

●世界の主要カジキ釣り場(表1)()は今後の可能性がある地域
クロカジキ
(Blue Marlin)
日本、ハワイ、オーストラリア、ニュージーランド、タヒチ、メキシコ、エクアドル、フロリダ・キーズ、バハマ、ビミニ、ヴァ−ジンアイランド、ジャマイカ、コスタリカ、象牙海岸、カナリー諸島、マダガスカル、モーリシャス、モザンピーク
シロカジキ
(Black Marlin)
日本、ハワイ、オーストラリア、ニュージーランド、タヒチ、メキシコ、エクアドル、パナマ、ペルー、(タイ)、(インドネシア)
メカジキ
(Broadbill Swordfish)
ハワイ、オーストラリア東部海岸、ニュージーランド、メキシコ、エクアドル、フロリダ・キーズ、パナマ、ペルー、ポルトガル、ボストン、南アフリカ、カナリー諸島、(日本)
マカジキ
(Striped Marlin)
日本、ハワイ、オーストラリア、ニュージーランド、メキシコ、コスタリカ、エクアドル、パナマ、モルジブ、モーリシャス、アフリカ東部海岸、カリフォルニア
バショウカジキ(Sailfish)
オーストラリア、ニュージーランド、パプアニューギニア、メキシコ、コスタリカ、パナマ、エクアドル、モルジブ、モーリシャス、アフリカ東部海岸、(日本)、(タイ)、(インドネシア)
フウライカジキ
(Shortbill Spearfish)
ハワイ、オーストラリア、ニュージーランド、メキシコ、フロリダ・キーズ、バハマ、プエルトリコ、ジャマイカ、メキシコ湾、ベネズエラ
ホワイトマーリン
(White Marlin)
フロリダ・キーズ、バハマ、プエルトリコ、ジャマイカ、メキシコ湾、ベネズエラ、ブラジル、サルバドル、カナリー諸島

 国際的に活躍するゲームフィッシャーが対象とする釣り場は、漁業者が行う漁場とは必ずしも同じではない。何故ならば、ゲームフィッシャーの釣りは、あくまでも楽しみのための釣りであり、単に魚が釣れる事ばかりでなく、次のような諸条件を満たす立地条件が必要であるからである。
 1)本拠地となる都市または港へのアプローチがなるべく容易であること。
 2)釣りに適したボートの調達が可能な事、または近くに良い港がある事。
 3)陸上のホテルやレストランなどがあるか、あるいは船中泊が可能なマザーシップがチャーターできる事。
 4)保安上の問題が少ない事。
 5)一定の期間は、天候の急変が少ない事。
 6)できれば緊急医療施設がある事。
 7)近くの陸上に釣魚の計量設備(はかり)がある事。
 世界の主要なカジキのゲームフィッシングが行われている国や地域は、表1に示されたごとくである。これらのほとんどは、一年を通じて各々のカジキが釣れるという訳ではなく、季節や釣れる魚の大きさが異なる事はいうまでもない。例えば、オーストラリアのシロカジキの場合でも、6〜8月の東部海岸の南の海域では小さなサイズの魚をライトタックルで楽しめるし、10〜11月の北の海域では、ヘビータックルで1000ポンド級のものが楽しめるといった具合である。しかし、年々これらの地域も釣果の減少や釣人の集中などの問題で変化しつづけており、釣人は新しい釣り場を求めて止まない。


INDO-PACIFIC BLUE MARLIN(クロカジキ)


PACIFIC SAILFISH(バショウカジキ)


BLACK MARLIN(シロカジキ)


SHORTBILL SPEARFISH(フウライカジキ)


BROADBILL SWORDFISH(メカジキ)


WHITE MARLIN(ニシマカジキ)


STRIPED MARLIN(マカジキ)
図1 世界の主要カジキ釣り場(出典:Salt Water Game Fishing by Peter Goadby, Australia IGFA Representative Governor., HIBA & PORF)

3.ゲームフィッシャーから見たカジキの資源

 カジキのゲームフィッシングと言えるものが始まったのは、およそ100年前である。確かではないが、1903年にサンタ・カタリナでチャールス・ホルダー博士が183ポンド(約85kg)のマカジキを釣ったのが、記録に残っている初めのものと記憶している。それ以前の1850年代は、釣り道具も技術も未発達であり、フックアップの後に、激しく海面をジャンプしつつ、数百メートルも釣糸を引きだし、あるいは瞬時に100メートルも海面下に潜るカジキに対処できる方法はなかったと言っても良いであろう。1880年代の末に、糸の出て行くのにブレーキをかけるため、皮製の板でリールのスプールを押さえるブレーキ装置が考案され、1911年になって、やっと逆転防止装置の付いたリールが出来るまで、釣人は、魚の急激な引きによるリールのハンドルの逆転で、したたか手を打たれ、大きな釣りの大会には、手当の為に必ず医者が用意されていたほどである。1910年〜20年にかけて、リールや釣り専用の椅子(ファイティングチェアー)が大い発達し、ゼーン・グレイ氏やヘミングウェイ氏等に代表されるような多くのゲームフィッシャー達が、世界中に釣りに出掛けるようになった。それと同時に、釣果の減少についての嘆きも徐々に出始め、釣り人は次々と新しい釣り場を求めた。もっとも、当時の釣果の減少は、釣り人による乱獲が主な原因だったようで、現在のような全地球的規模の環境変化や、ハイテク漁船による大量捕獲などとは次元が異なると思われる。しかも、その減少は、現在の我々から見ると、誠に羨ましいほど、軽微なものであり、むしろ大漁を自慢しているようにすら思えるのである。例えば、その嘆きの一端を紹介すると次のような状況であった。

 ゼーン・グレイ氏がニュージーランドに釣行した時、その釣果を嘆いて曰く、『今回は、たったメカジキ1尾、マカジキ42尾、アオザメ17尾だった。』と言うのであるが、マカジキ42尾の中には、たった1日で10尾を釣ったものも入っている。また、IGFAの2代目会長を努めたマイケル・ラーナー氏は、マサチューセッツで釣りをした時には、11日間の合計がたったの2500kgのクロマグロしか釣れなかったと残念がった。
 1920〜30年代には、現在に比べて、トローリング用の釣り船や釣具もまだまだ未完成であった事を考えると、その釣果には隔世の感がある。しかし、最近の釣果の減少は、このような状況とは全く異なる条件を加味して聞かねばなるまい。例えば、数年前にオーストラリアのグレートバリアーリーフのリボン10の海域でトローリングをした際に、IGFAの常任理事を務め、1000ポンド以上の重量の最も多くの魚種を釣った男として世界的に有名なジョン・ジョンストン氏から聞いた話では、この海域に10〜11月に回遊して来る1000ポンドを超えるシロカジキの数は、最近めっきり減ってしまったそうである。1人で1日に数尾の1000ポンドを超えるシロカジキを釣ることなどとても無理になってしまったと嘆いていた。また、PORF(後述する)の最近の研究成果として、1974年を一つの境として、西太平洋海域のメカジキの漁獲量および1個体あたりの平均重量が減少していることが報告されている。この研究結果によれば、メカジキは、年を追うごとに減少の一途をたどり、一般のカジキ漁獲高の長期経年変化(筆者の経験ではゲームフィッシングの場合、西太平洋地域では約8〜11年と思われる)に関係なく減少している。実際、ハワイにおいて我々ゲームフィッシャーが行っているメカジキの夜釣りでも、年々釣りが難しくなり、メカジキを狙うチャーターボートも殆ど無くなってしまったし、1930年代に行われていた、船に高いマストを設置して昼間に海面で休んでいるメカジキを遠距離から餌で誘ってフックアップさせる方法などは伝説となっている。伊豆諸島の八丈島近海ならびに沖縄諸島の与那国島近海のクロカジキのゲームフィッシングの、最近15年間の傾向では、出漁回数に対するストライクの数の割合は激減しているが、同期間中にトビウオの漁獲高も激減している。また、1993年5月に、台湾の北東沿岸で、同地での初めてのトローリングが許可され釣行した際に、非常に多量の小型の抱卵したトビウオの水揚げを見たが、これと日本沿岸におけるトビウオやカジキとの関係は大変面白い課題になるのではないだろうか。

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