DEAR FAIR CHAIRS

チェア近代史に見られる試行

文/中島新吾(なかじましんご)

船尾、摺り鉢状の凹みに設置されたチェア。形状こそ現代のファイティングチェアに通じるものだが、その設置のセオリーが、まだ混沌としていた時期の写真である。チェアに座るのはMrs.Johon Manning。当時の偉大な女流アングラーのひとりだ。


スポーツフィッシングのために作られるフネ、それもある程度の大きさのフネのコクピットには、かならずといっていいほどファイティングチェアが据え付けられる。今やアウトリガーとともに、スポーツフィッシャーマンを象徴するアイテムとなっているファイティングチェアだが、多くのフィッシング・エキップメントと同様、これもまた先人たちの試行錯誤の中で作り上げられてきたものであった。艤装品の充実は、その艤装品が取り付けられるフネ、つまりスポーツフィッシャーマンという艇種が確立されるための必要十分条件でもあったのである。

リールの発達と共に……

 最近は船上でのスタンドアップ・スタイルのアングリングが流行している。よりスポーティーなアングリング、よりフェアなファイトというのが、その趣旨のひとつであろうことは、いまさらいうまでもない。しかし、よく考えると、こういったスタイルが流行しだした背景には、十分に発達し、非常に使い勝手の良くなったチェアの存在というものがあったともいえるわけで、だからこそ、それを使わないスタイルこそが“より”スポーティーでフェアだということにもなる、という皮肉った見かたもできなくはない。


 ただ、チェアというものが、スポーツフィッシングのために供されるボートとその艤装品が発達してきた歴史のなかで、重要な位置を占めているのは事実である。チェアはアングラーとフネの間に存在する接点なのだ。フネに取り付けられる艤装品の中で、アングラーが最初から最後まで接しているのは、唯一チェアなのである。そういった意味で、チェアというのはアウトリガーなどとは少々異なる種類の艤装品ということができよう。
 さて、船上に据え付けられたチェアに座ってフィッシングをするということについて、現在手元にある文献でその起源を明らかにしているものはない。フネで釣りをするという行為が行なわれるようになって以来(それはおそらくフネというものが発明されて以来ということになるだろうが)、フネのどこかに腰掛け、あるいは座って釣りをした人物は無数にいたはずである。しいていえば、そういったことがフィッシングに使われるチェアの起源ではあったわけだが、これを特定することは不可能であり、あまり意味がない。そもそも、そういった時代に、現代の椅子という家具に通じる概念そのものが確立されていたかどうかさえもあやしいところだ。

トーマス・J・コンロイ(Thomas J.Conroy)のサム・ガード(レザー・ブレーキ)付きリール。

ブルーフィン・ツナにギャフを打つ。1890年代、カリフォルニア、カタリナ沖でのスタイル。
 現代のチェアに通じるもの、それはやはりリールとロッドで行なうソルトウォーター・スポーツフィッシング、それもビッグゲームを狙ったそれが始まったのと同じ時期に登場したとみることができる。リール自体は17世紀半ばに登場。その後、19世紀終盤にサム・ガード付きナックルバスター・リールが、さらに20世紀初頭にはスタードラグ・リールが登場する。そういったリールの発達が、それを有効に生かすテクニックとそのためのチェア登場の下地になっていたのは間違いないところだ。

ハーラン・メイジャーのチェア

 黎明期、写真が伝えるところでは、当時のアングラーたちは、とある文献でいうところの「オフィスにいるような」三つ揃いのスーツとタイを着用し、スタンドアップ・スタイルでゲームフィッシュと対決していた。そしてその後、彼らは皮革のロッドバット・ホルダー(現代でいうところのロッドベルト)を使用するようになり、やはり「オフィスで使うような」チェアをフネに持ち込んだ。1890年代後半か1900年代のはじめのことである。
 リールとロッドの組み合わせは、ポンピングというテクニックを上手に使うことで、さらに威力を発揮することが当時すでに知られていた。しかし、スタンドアップならともかく、バックレストの付いた「オフィスで使うような」チェアでは、フルに身体を利用したそれを行なうことができないのである。そういった中、ロッドのバットを受けて、それ自体が自由にスイングする“ジンバル”を取り付け、さらに目一杯身体を使ったポンピングができるようにバックレストを取り外せるチェアをデザインした男がいる。
 ハーラン・メイジャー(Harlan Major)がそうだ。1889年生まれのメイジャーは、アングラーとして多くの人に認められる以前から、タックル技術者としてこの世界に飛び込んでいる、ちょっとユニークな人物である。彼がデザインしたといわれているものには、ロッドジンバル、ショルダーハーネス、ロッドホルダー、フライギャフなどがあり、また、ルアーもかなり製作したようだ。手元の資料では、彼のデザインしたチェアの発表がいつだったかについては記されていないが、発表されたイラストレーションが(メイジャーはイラストにも非凡な才能を持っていたとのこと)、その後の世界中のチェアの原型になったということである。1937年版のハーディのフィッシング・タックル・カタログには、ジンバルと取り外し式バックレストの付いたチェアが掲載されているから、少なくともそれ以前ということになるだろう。

Harlan Major(1889-1968)。彼の描いたジンバル付きで取り外し式バックレストというアイデアが、新しいアングリングのスタイルを生み出した。タックルを製作する側からフィッシングの世界に入った人物だったが、やがて自身もアングラーとして活動する。

1937年版Hardyのカタログに掲載されているチェア。回転ペデスタルに取り付けられ、シート(座面)にジンバル、バックレストは取り外し可能である。それにしても、形状はまだまだ一般的な家具としてのチェアの域を脱してはいないようである。

チェアと同じHardyのカタログに掲載されているジンバル。当時はロッド・レスト&スイベルと呼ばれていた。単品でも販売されていたもので、仕組みは現在のそれと何ら変わらない。宣伝文句に曰く「長いファイトの際、アングラーの大きな助けとなります」。
  なお、メイジャーは当初米国の西海岸で活動していたが、1929年に東海岸へ移った。その際、西海岸で行なわれていたさまざまなフィッシングメソッドとともに、カイト・フィッシングを東海岸に伝えた人物としても知られている。ちなみに、彼の著書“Salt Water Tackle(1939年刊)”は何回かの増刷があったようだが、いまもコレクターズ・アイテムというほどの人気らしい。

ファイティングチェア

 ファイティングチェアというものが確立されたのはもちろんメイジャーのチェアが発表された後。当初は、フィッシングに使われるチェアすべてがフィッシングチェアと呼ばれていた。しかしあえて“ファイティング”を名乗るように、それはより機能的で戦闘的なチェアへと育ち始めた。そして、ファイティングチェアとフィッシングチェアは後に明確な定義で分類されることになる。 現代的なファイティングチェアの基礎を作ったのは、ジョン・ライボヴィッチ(John Rybovich)だといわれている。彼はアウトリガーの材質にアルミパイプとアルミスプレッダー、さらにステンレスの張線という当時最新の素材を使用して、現代的なトラスビルト型アウトリガーを作り出した人物として知られているし(トラスビルト型自体の発明はトミー・ギフォードだが、ギフォードのそれは全部が竹だった)、スポーツフィッシャーマンという艇種の黎明期には、34フッターの近代的なモデルを作り出している。現代でもライボヴィッチというのは、セミカスタム高級コンバーチブルのブランドだ。その彼が作ったファイティングチェアはその後メリット(Merritts)やマーレイ・ブラザース(Murray Bros.)の手によってさまざまなモディファイが施され、今、我々が見かけるファイティングチェアのスタイルとなったが、メリットは希少価値のある高級コンバーチブルのブランドとして現代にいたっており、またマーレイ・ブラザースはズバリ、高級ファイティングチェアのブランドとしても知られている。

 しかしこの時代、つまり1930〜1940年代というのは、実にさまざまな試行が行なわれた時代でもある。単なるチェアがファイティングチェアへと変わっていく途中では、すべてがウッドのもの、一部に金属を使用したもの、さらにその金属がステンレスやアルミになったものという、材質的な変化があった。また、フットレストの形状やその装着方法は、さまざまなものが試みられた。
 面白いのは、ファイティングチェアを据え付けられるのが、必ずしも大きなフネのコックピットに限られなかった点だ。特にごく小型の、いわゆるドリーとかスキフと呼ばれるフネに取り付けられた例は少なくない。こういったケースでは、フネが小さく不安定なので、かえってその必要性があったのかもしれない。ミッドシップやバウ側にチェアを据え付け、3名程度の乗員が乗り組んだ写真は、かなり数多く見られる。

ドリー(小型船の一種)のミッドシップに取り付けられたチェア。チェア周囲にはフットレスト代わりの“輪”が取り付けられている。これはMichael Lernerが1936年に使ったフネで、601ポンドのbroadbill swordfishを釣り上げた。
こちらはバウ側にチェアを取り付けたドリーの一例である。ロッドを持ったアングラーはMrs.Farrington。あのKip Farringtonの奥方である。ギャフが打たれているのは、なんと720ポンド(!)のツナ。スモールボート/ビッグゲームの極致。

2種のチェアへの分化

 ファイティングチェアがさらに高度に、さらに戦闘的になっていく過程で、それと従来のフィッシングチェアの間には明確な違いが生じてきた。そして、その違いは、いくつかの文献で定義されている。以下はその共通項をまとめたものだ。
『ファイティングチェアは、基本的にヘビー・タックルによってビッグゲームを相手にする場合に使われるものである。しっかりと固定された回転ペデスタル(台座)に取り付けられ、大きくポンピングすることを考慮して、バックレスは取り外せるか、あるいはアングラーの邪魔にならない角度まで倒すことができなければならない。シート(座面)にはロッド・ジンバルが取り付けられており、もちろんそれはヘビータックルに耐えるもの。さらに充分な強度を備えた、調整式フットレストが取り付けられている必要がある。トローリング時にロッドを差しておくためのロッドホルダーが、両方の肘掛に取り付けられていればなお良い』
 これに対して、フィッシングチェアの方はおおむねこうだ。
『比較的ライトなタックルを使う場合に用いられる。ロッド・ジンバル付きのシートとバックレストで構成され、バックレストは固定式。フットレストはなく、アングラーの足は床にとどく。ロッドホルダーが付いていればベターで、数は1カ所でもよい』


コックピットに2脚の小型フィッシングチェアを並べて設置した一例。それぞれのチェアにはジンバルが取り付けられている。チェア自体にロッドホルダーは付かないが、両舷のそれはごく近いところにあり、すぐロッドを手元に持ってこれる(1930年代)
 ここでいう“ヘビー・タックル”と“ライトなタックル”というのは、どうやら50ポンド・テストあたりを境に分かれているようだが、もちろんきっちりとこれ以上とかこれ以下というわけではないだろう。
 ファイティング・チェアがより高度なものになるにしたがって、当然その造りも複雑かつ堅牢になっていった。
 それはとりもなおさず価格も上昇することを意味し、現代に近付くほど、タックル関係の文献の中に「高価な装備である」という記述が増えてくる。これはどんな道具でもそうなるのだろうが、前出のハーディ・1937年版・フィッシング・タックル・カタログに載っていたチェアが£15であったことを考えると、現代のそれとの間にどれだけ大きな違いがあるかよく分かる。同じカタログにはゼーン・グレイ・モデルのリールも載っているのだが、その12ポンド・クラスが£20。最高級モデルのリールとの比較ではあるが、12ポンド・クラスのリールより安いチェアだったのである。

艤装の試行錯誤

 チェアのカタチや使い方が確立されてくると、当然のことながらその設置方法、つまり艤装のやり方にも定番というものがでてくるものだが、やはりそれにもいくつかの試行はあったようだ。ごく小型のフネの場合というのは前述したが、もっと大きなフネ、それも船尾にコックピットを備えた、本格的なオフショア向けスポーツフィッシャーマンの登場というのは、ちょうどファイティングチェアの確立される頃と同時期の1930〜1940年代。チェアもフネ自体も試行錯誤という状態だったわけだから、多少の混乱はあって然るべきものだったのである。

出艫風の造作が設けられた船尾に設置されたファイティングチェア。材質はあまり上等とはいえないが、ちゃんとフットレストが付き、ポンピングを考慮してバックレストは削除されている。フネはケープアイランドのもの。

 ファイティングチェアを船尾の“出艫”風造作のところに置いたものがあったり、逆にデッキハウス側にぴったりと寄せて置いたものがあったりもした。また、チェアはコックピットのほぼ中央に設置されているのだが、高さが非常に高く設置され、フットレストの高さがガンネル・レベルというものもある(もっとも、これは現代のフネでもときどき見かけられるものである)。
 非常に不思議なのは、船尾に半円形の摺り鉢状部分を設け、その中心にファイティングチェアを備え付けたというもの。この記事のタイトルカットに使用した写真がそうなので、じっくりとご覧いただきたい。摺り鉢状の造形の中心に、ファイティングチェアが据えられている。一見、その摺り鉢の斜面を全周(正確には後の半周)フットレストとして使用するためのように思えるのだが、よく見ると、フットレストはチェア自体から伸びたステーの先に付いているのである。これはどうもアングラー自身がファイトしながらチェアを自分で回すための足掛かりらしい。
チェア自体はもはや完全に現代的なファイティングチェアとなっている。フットレストを支える2本の腕は金属製だが明らかにカスティング(鋳物)のようだ。しかしそれにしてもチェアの高さはかなり高く、フットレストがほぼガンネルレベルである。

 しかし、やがてコックピットの中心に1脚のファイティングチェアが置かれる、現代と同じようなスタイルが確立される。フネによってはフィッシングチェアをメインのファイティングチェアの両脇に配したものや、最初から大型のファイティングチェアを設置したものなどもあるが、大幅に基本スタイルから逸脱したものはなくなった。
 リールやロッドの進歩がジンバル付きのチェアを生み、やがてそれが本格的ファイティングチェアとなった。そしてこんどはフネの発達と共に、艤装のセオリーが確立される。
 それにかかった時間は約30〜40年。スポーツフィッシング黎明期の話である。

1930年代後半に設計されたConsolidated36フッターの一般配置から、そのコックピット部分を拡大したもの。中央にファイティングチェア、その両側にフィッシングチェアという配置が設計段階から考慮されており、図面にも基本艤装として示されている。

1940年代のフネだが、もはや、材質、形状ともに現代のものと同じファイティングチェアが備わる。ロッド・ジンバルは上下に調整可能。もちろんフットレストも調整式だ。両サイドのホルダーに収まったロッドはTycoon、リールはVom Hofesである。