BILLFISH ON FLY

GRAND SLAMMER!! 史上初の快挙!
フライフィッシングのセブンビルフィッシャー


文/ジャック・サムソン
訳・構成/編集部

フライフィッシングによって初めてビルフィッシュがキャッチされてから40年……。しかし、ビルフィッシュ9種すべてをキャッチしたフライロッダーはいまだにいない。ソードフィシュがフライでキャッチされるとは一般に考えられていないので、フライによるグランドスラムは8ビルフィッシュとされている。いったい誰がその快挙を成し遂げるのか、ソルトウォーター・フライフィッシャーにとっては興味のあるところだが、現段階でそのグランドスラムに最も近いアングラーは当ウェブにも原稿を寄稿してくれているジャック・サムソンその人である。ビリー・ペイトと並びすでに6ビルフィッシュを達成していた彼は、この夏、念願のパシフィック・ブルーマーリンをキャッチし、史上初のフライによる7ビルフィッシャーとなったのである。そこで今回は、7ビルフィッシュに至るまでの物語を、ジャック・サムソン自身に綴ってもらった。

7ビルフィッシュ達成のカギとなるパシフィック・ブルーマーリン

 9年もかかってしまった。フライフィッシングによるグランドスラム、つまり7ビルフィッシュ(両洋のセイルフィッシュと両洋のブルーマーリン、ホワイトマーリン、ストライプト・マーリン、ブラック・マーリン)をキャッチするために必要とした年月のことである。なぜ9年もかかってしまったのか。理由は、パシフィック・ブルーマーリンを確実にキャッチできる場所がどこにもなかったという一点につきる。
 アトランティック・ブルーマーリンに関して言えば、10月のヴァージン諸島セント・トーマスやケイマン島、ジャマイカ、ベネズエラなど、また春にはメキシコ東岸のコスメルやカンクンでキャッチすることができる。しかも、これらの場所では、夏から初秋にかけてホワイトマーリンも豊富である。ストライプト・マーリンは、冬期のエクアドルやパナマ、コスタリカからメキシコの西岸に至る海域、そして春から夏にはバハ・カリフォルニアのイーストケープでキャッチできる。また、フライロッド向きの小型のブラックマーリンは、オーストラリアのグレートバリアリーフで、夏から初秋にかけて実にたくさん見つけられる。

 ところが、パシフィック・ブルーマーリンはどうにも掴みどころがないのだ。太平洋のどこにでもいるくせに一カ所に留まらず、そして、フライフィッシング向きのサイズ(150〜300Lb)が多い場所も特にない。こいつをフライでキャッチするためには、あきれるほどの忍耐と、バスケットいっぱいの資金(あるいはボート・オーナーの友人が多いとか)、テクニックが少々、そして何よりも運が必要なのだ。

フライの場合、メカジキを除いた8ビルフィッシュが当面の目標。サムソンにとって残るはフウライカジキのみ。

洋上の8週間

 1992年の上半期、パシフィック・ブルーマーリンをキャッチするために、私は合計8週間もの歳月を洋上で過ごした。2月のパナマでは、パイナスベイの「Tropic Star Lodge」で6日間を過ごした。そこでは400Lbを超えるモンスターを掛けたが、それはタックルを破壊して逃げてしまった。
 続いて3月にはメキシコのマサトランで5日間海に出た。使用したチャーターボートは「Star Fleet」だった。しかし、マーリンの影も形も見なかった。そこで、3月末にはカボ・サンルーカスに赴き、さらに5日間海に出たが(ボートは「Pices Fleet」の43ftだった)、ストライプト・マーリンを1尾見かけたきりだった。

 4月、再びカボを訪れた。長いつき合いのキャプテン、マーティン・ゴンザレスと一緒に「Star Fleet」の43ftに乗り込んだが、キャッチしたのはストライプト・マーリンであった。これは私にとって2尾目のストライプとなった。だがその時、我々のごく近くで釣っていた女性は50Lb(24kg)テストのトローリングタックルで200Lbのブルーマーリンを上げていたのだ!


メキシコのカボ・サン・ルーカスにはマカジキをはじめ、比較的小型のクロカジキが多い。フライロッダーにとっては最も可能性を秘めたロケーションと言えそうだ。日本の三陸沖も、今、注目のポイントではあるが…。
 5月末にはメキシコの東岸、カンクンを訪れた。ボートは23ftの「El Picante」、キャプテンはウェス・ラッグルズだった。そこでは65Lbのブルーマーリンをキャッチ&リリースしたのだが、それは当然ながらアトランティック・ブルーだった。私にとっては2尾目のアトランティックである。
 6月はバハ・カリフォルニアのイーストケープだった。友人のカム・シグラーと一緒にフィッシングロッジ「Spa Buena Vista」から5日間ボートを出した。2日目のこと、推定200Lbのパシフィック・ブルーがアウトリガーにセットしていたコナヘッドのティーザーにストライクした。だが、それも束の間、今度はフラットで流していたソフトベイトのティーザーを飲み込み、そのまま消えてしまった。フライをキャストした時にはすでに跡形もなく消えていたのだった。その後、5日目には推定100Lbのストライプト・マーリンをキャッチ&リリースした。その足でイーストケープからカボへ下り、「Solmar Fleet」で4日間を過ごしたが、ブルーマーリンは1尾も現れなかった。


 その頃になると、私は自分がしている行為についてひとつの確信を得るまでに至っていた。つまり捕らえどころのないパシフィック・ブルーマーリンを追いかけ回すということは、ただたんに時間を浪費して、えらく金がかかるというばかりか、まるで呪われてでもいるかのように実りのないものだという確信である。それまでの徒労を見た私の妻などは、私が狂気の一歩手前まできているとほとんど信じきっていた様子だった。そんな私の献身と努力を「ノーマルな行為」だと考えていたのはビリー・ペイトただ1人であった。ペイトもまた私同様6ビルフィッシュ(彼に足りないものもやはり太平洋のブルーマーリンだった)まではキャッチしていたからだ。正確に言えば、ペイトは7ビルフィッシュまであと一息のところだった。なにせ、その年の3月、コスタリカにおいて彼は400Lbを超えるパシフィック・ブルーマーリンを釣り逃しているのだ。しかも、7時間半に及ぶバトルの末にである!


普遍の確率


 その半年間だけでも以上のような時を無為に過ごしてきているだけに、「Star Fleet」のエリックから誘われて、8月にまたしてもカボを訪れた時には、デジャヴューのような感覚に襲われたものだ。

 エリックが言うには「ブルーは間違いなく来てるよ。正しい時に正しい場所にいることが大切なのさ。ウチのボートは毎日2〜3尾のストライプを上げてくるし、ブルーも2日に1尾は上げてる」ということだった。「2日に1尾」。この率は世界中のどこでもほとんど変わらない普遍の確率であるようだった。友人のカム・シグラーもまた電話でこう言った。
「オレは数学者じゃないが、6ビルフィッシュを7ビルフィッシュにするためには7番目の魚が必要なんじゃないか? 実際のところ、勝ち目はあるのかい?」
 そんなこと考えたくもなかった!
 ブルーマーリンと他のマーリンとの違いは明らかだ。釣り方の種類にかかわらず、ブルーマーリンを釣ったことがあれば、私が言おうとしていることは分かってもらえるはずだ。ホワイトやストライプ、ブラックなどの場合、ベイトやルアーの後方に姿を現わすと、たいていビルでルアーを叩き、ためらうような行動をする。または、ストライクを躊躇するように後を追ったりする。セイルフィッシュもそうだ。私はパシフィックセイルフィッシュだけでも80尾程度は釣っているが、フライにヒットする前にその姿を確認できなかったことなど1度もないのだ。

 ところが、ブルーマーリンはどうだ! 何の前ぶれもなく突然ストライクしてくるのだ。まさにプレデターそのものである。スキッパーのほとんど全員がブルーマーリンを特別扱いして、キャッチしたがるのもうなずける。

何度目の正直か? カボ・サン・ルーカスのチャーターボート「Star Fleet」の「Elinor」が幸運をもたらした。

カボ・サン・ルーカス。8月17日。

 8月17日のカボのハーバーは、早朝にもかかわらず快適な暖かさだった。太陽は水平線上にまだ低く、黒いレースのような雲が細くかかっていた。
 キャプテンのマーティン・ゴンザレスに2本のフライロッドを手渡し、堤防からトランサムに足を掛けると、彼がニヤリとした。
「もう1回挑戦かい? 今日はだいじょうぶ。たぶんね」
 私はメイトのグイレルモ・エストラーダと握手をし、14歳のイワン・ゴメス少年の髪の毛をくしゃくしゃにした。彼は最年少のクルーである。
「ジェリーは?」キャビンにバッグを置きながら私はたずねた。ジェリー・セバロスはこの「Star Fleet」のマネージャーで、フライフィッシングとはいったいどんなものなのかを見物するためにぜひ同乗したいと昨夜言っていたのだ。
「コーヒーを取りに行ったよ」タワーによじ上ろうとしていたマーティンが堤防のほうを指差した。振り向くと、ずんぐりしたジェリーの姿が見えた。ボール紙の上に乗せたコーヒーカップからはうまそうな湯気が立ち上っている。
 ハーバーを出て、ボートが太平洋の最初の波を割ると、右舷前方にロス・パドレスの巨大な岩塊が海面から突き出ているのが目にはいった。
「ゴルゴ・バンクに行ってみようか?」マーティンの声に私はうなずいた。ゴルゴ・バンクはサン・ホセ・デル・カボの北にあるプンタ・グルダの沖合い15〜20マイルの海域のことだ。他の場所が良くない時、特に実績のあるエリアである。カボのハーバーからゴルゴ・バンクまでは2時間かかる。私はファイティング・チェアに座り、ギザギザした不毛の沿岸を眺めた。


サムソンのマーリン用タックルは以下の通り。ロッド:フィッシャー・ブルーウォーターM。リール:フィンノール#5アンチ。ライン:コートランドSHプロトタイプ。30ftの前半分がファストシンキング。
 グイレルモと私はティーザーの準備を整えた。アウトリガーにセットするためのコナヘッド・ルアーである。マーティンは「マチョ・リサ」と呼ばれる大きなマレットを地元の漁師から手に入れてくれていた。私たちはそれをフラットで流すことにした。
 マーティンが船足をゆるめ、我々がティーザーをセットした時には、陽はすでに高く、相当の暑さになっていた。私は右舷側のトランサムからスクィッドのチェーンリグを20ftほど後方に流した。それから、7/0のダブルフックにタイイングされた派手なフライを取り出し、100Lbテストのショックリーダーに結びつけた。フライはドルフィンフィッシュの幼魚に似せて巻いたものだ。フライの頭にはポッパーヘッドもセットした。ピンクのテイルフェザーがついた白色のフォームポッパーである。私はそのカラフルなフライを左舷のトランサム上に置き、リールからラインを引き出して、それを足下の空のバケツの中へきちんとコイル状にして置いた。
 ロッドはケネディーフィッシャーのミディアム・ウェイト。リールはフィンノール#5のアンチリバースである。フィンノールにはバッキングとして36Lbテストのグリーンスポット(Green Spot)が700ヤード巻いてある。30ftのシューティングヘッドはコートランドのプロトタイプで、518グレインのコアで強化されたファーストシンキングである。その破断強度は45〜50Lbにも達する。クラスティペットはメイソン(Mason)の20Lbモノフィラメントである。

 左舷のアウトリガーにはグリーン&イエローのコナヘッド、右舷にはレッド&ブラックのコナヘッド、その間にはマレットのデッドベイトがしぶきを上げている。私はそれらのアクションを何度となく確認した。
 それはちょうど腕時計を見た時だった。時計は8時45分を示していた。左舷のティーザーの下で何かが光るのが見え、突然、彼方の海面が爆発したのだ。ルアーは消え、私は準備を整えた。
「マーリン!」マーティンの叫びと同時に、私はバックキャストに入っていた。アウトリガーを避けるためサイドキャストで行ない、左舷のルアーの方向目掛けてシュートした。マーリンはフライが着水するのと同時にストライクした。ところが、マーティンにはエンジンをニュートラルにする時間はなかった。つまり、IGFAの世界記録としては認定されないということだ(IGFAルールでは、プレゼンテーションとリトリーブの間はニュートラルになっていなければならないと明記されている)。だが、私にとってそれはもはやどうでもいいことだった。私はロッドを2度強く煽り、しっかりセットフックさせると、狂ったようにロッドにしがみつき、マーリンのジャンプをやり過ごした。陽光の中で、その姿は透明な輝きとして見えた。
 ファイトは1時間に及んだ。私には半日を闘う心づもりがあったのだが、意外にも短時間で魚は寄ってきた。グイレルモがギャフを打ち込み、イワンがビルをつかんだ。やがて3人のクルーがマーリンをコックピットに横たえた時、私は実感した。それはメキシコにおいてパシフィック・ブルーマーリンが初めてフライでキャッチされた瞬間であり、そして、史上初のフライフィッシングによる7ビルフィッシュが達成された瞬間でもあった。

フライタックルによってパシフィックブルーをキャッチしたのは、ハワイのマイケル坂本に続いて史上2番目。7ビルフィッシュのキャッチは史上初。拍手を贈りたい。

 メキシコのイーストケープがこの日ほど美しく見えた日はなかった。私はそのマーリンの頭に手を当ててみた。なぜそうしたのかは分からない。ただ私にはその魚が神々からの贈り物に見えたのだ……。

筆者紹介/
ジャック・サムソン
(JACK SAMSON)
「フィールド&ストリーム」誌の前編集長。現在は「マーリン」誌のフライフィッシング部門、及び「フライロッド&リール」誌のソルトウォーター部門の編集を担当。ソルトウォーター・フライフィッシングの洗礼を受けたのは60年代半ば。ボーンフィッシュ、パーミット、ターポンといったフラットの釣りから始まり、やがてシイラ、キハダ、ビンナガ、オキサワラといったオフショアの魚までカバーするようになる。ビルフィッシュに取り憑かれたのは、1972年のトーナメントがきっかけ。フロリダキーズ沖でアトランティック・セイルフィッシュをキャッチした後、83年にはジャマイカ沖で43Lbのアトランティック・ブルーマーリンを上げる。アトランティック・ブルーをフライでキャッチしたのは世界で2人目。85年にはコスタリカにて105Lbのパシフィック・セイルフィッシュをキャッチ。続いてメキシコのマサトランにて131Lbのストライプト・マーリンを射止める。89年の第1回インターナショナル・フライフィッシング・トーナメントでチーム優勝。91年にはオーストラリアにて50Lbのブラックマーリンをキャッチ。同年10月にはベネズエラで60Lbのホワイトマーリンをキャッチ。両洋のセイルフィッシュと4種類のマーリンをフライでキャッチしたのは、ビリー・ペイトに次いで2人目。88年8月にコスタリカにてキャッチした31Lb12ozのルースターフィッシュ(16Lbティペットクラス)は世界記録。著書に「ソルトウォーター・フライフィッシング」がある。


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