昭和35年(1960年)春4月に、水産学科3回生として11名の級友とともに、京都から舞鶴にやって来て、はや40年余りが経過した。つきなみだが「光陰矢の如し」を実感することしきりである。その間、学部専門課程(3、4回生)、修士課程(2年)、博士課程(3年)、助手(5年)、および助教授(31年)を長浜の地で過ごしたことになる。途中で水産学科が京都に移転し、長浜の地が水産実験所になったが、それももう30年も前のことになる。そして今、なつかしい本館が撤去され、新しい研究棟と飼育棟が新設されようとしている。
もっとも、そのうちの10数年は、調査船乗船、外国留学、旧南海区水産研究所(高知)や遠洋水産研究所(清水)での長期滞在などで、長浜の地を離れていた期間が長く、実際に長浜の地で過ごしたのは20数年である。そのせいか、今でも山と川と海に囲まれた舞鶴は私の目に新鮮に映り、世界各地や日本各地で色々な所を見てきたが、舞鶴は私の大好きな町で、数年前には、ついについの棲家までそこに建ててしまった。
数年後の国立大学の法人化を前提に、水産実験所のフィールド科学教育研究センターへの移行が現在検討されている。そんな時に、水産実験所の将来に関する私の夢を述べておきたいと、ここに筆を執った。
水産実験所でも、フィールド科学教育研究センターであるにせよ、どちらも生物を含めた自然(フィールド)および自然を対象にした人間の活動を研究することに本分がある(フィールドは主として海となる)。そのためには、講座制(教授、助教授、助手のヒエラルキー)でない研究室制の教授の席を少なくとも5〜6個は用意すべきである。京都から2〜3の席を移してでも、そうすべきだ。そうすれば、独自の大学院生とポスドクを取ることができ、研究能力は飛躍的に増大する。大学が法人化すれば、優れた研究が研究費導入の必然となることは明らかである。学部の学生の教育は研究を背景に得られたことを糧にして、教授が京都に出向いて行うか、適宜学生が舞鶴に来て、実習を兼ねた集中講議を受けるようにすればいい。
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サンフランシスコの南約150kmパシフィックグローブにあるホプキンス臨海実験所には、現在教授の席が10個あり、海棲生物の系統進化、生態、生理、行動、遺伝子解析などの分野で先進的に研究を進めている。常駐の大学院生とポスドクが約30名いて、研究活動は極めて活発である。春休みは夏休みには、学部学生はサンフランシスコ郊外のパロアルトのメインキャンパスから、ホプキンス臨海実験所に実習や講議を受けにやって来る。そのための宿泊施設も、至近のモントレーの町の中に設置されていて、学部学生が使わない時には、大学院生、ポスドク、客員研究者などに提供されている。隣には、世界的に高名なモンテレーベイ水族館があり、大水槽では、クロマグロ、キハダ、ハガツオ、シイラ、パイロットフィッシュ、オオカマス、マンボウ、外洋性サメ類などがゆうゆうと泳いでいる。ホプキンス構内にあるマグロ研究保全センター(TRCC)はスタンフォード大学とモンテレーベイ水族館が共同で運営している。TRCC(Tuna Reserch & Conservation Center)は漁業目的のマグロ研究ではない、純粋生物学としてのマグロの研究を行っている世界唯一の研究機関で、バーバラブロック教授の指導のもとに10数名の研究員、ポスドク、大学院生がいて、研究能力は極めて高い。現在、大西洋と太平洋のクロマグロの遺伝子解析、体温保持機構や心筋活動などの生理学的研究、アーカイバルタグやポップアップタグを駆使した回遊行動の研究などで、世界の最先端を行っていて、彼らは全米中、世界中から来ている。
実験所も、京大だけで固まるのではなく、全国の大学の共同利用はもとより、福井県大海洋生物資源学部(小浜)や京都府海洋センター(宮津)などとの共同研究を大いに推進することが必要となるだろう。これからの研究は広い視野に立った相互論議と相互協力なくしては、発展が望めないだろう。また人材も日本中、世界中から集めるような方策をとらないと、斬新な発想による研究はおぼつかないだろう。
(前水産実験所助教授、現スタンフォード大学ホプキンス臨海実験所マグロ研究保全センター研究員) |